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【特別連載】ヤクザとキリスト「塀の中は、母の子宮だった」Vol.1

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 元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰(懲役刑)を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で変われた思いを書籍で著わしました。「読者のみなさんで、自分の居場所を失った時、人生をやり直したい時、死にたくなった時、ぜひ、元ヤクザのボクと愛しき懲役囚たちとのバカ過ぎて真剣な犯罪と塀の中のエピソードで笑ってください!」と語るじんさん。私たちが生きる人生の過去は清算、ゼロにはならないけれども未来だけは「生き直し」できます! 本記事は、最新刊著作『塀の中はワンダーランド』より構成。 この記事の写真はこちら  ◼️押入れのなかに入るのが好きだった  子供の頃から押し入れの中に入ることが好きだった。そこだけは、ボクを安心させてくれるからだ。真っ暗だけど妙に落ち着く。自分だけの秘密な場所があるような気になり、体が温(あたた)かくなる。なぜだろう。  66歳になったボクは、以前ほどではないが、今でもたまに押し入れの中に入って考えることがある。  思えば切羽詰(つ)まったとき、覚せい剤で興奮して頭がテンパりなりそうなとき、あるいは誰かと戦わなければならないと決断したとき、いつも暗い押し入れの中に入った。そして押し入れから出ると、冷静さを取り戻すか、あるいは犯罪に走っていた。そしてまるで閉じ込められることを望んでいるかのように何度も刑務所の中に入っていった。  今も、「まえがき」を書くために押し入れの中に入って考えている。  人生は近くから見ると悲劇、遠くからみると喜劇だという有名な俳優の言葉を思い出す。とはいえ、ボクの人生を振り返っても、自分の生き方を喜劇と言えるほどの境地にまだ辿(たど)り着いていない。  ボクは任侠(にんきょう)道に憧れたものの、色と欲にまみれてヤクザとなり、足を洗うまで40年間、シャバとムショを出たり、入ったりしてきた。その途中で多くの仲間がクスリで死に、自殺し、あるいは殺されもした。  ボクもクスリで生死の境を彷徨(さまよ)ったことが何度もある。だから、ここまでよく生きてこれたなぁ、と不思議に思う。本当に生と死は紙一重、ワンダーだった気がする。  実母が二歳のときに亡くなり、父は外に女をつくって家に戻らなくなり、ボクは兄と二人で極貧生活の日々を過ごした。町でも有名な貧乏暮らしだった。  小学校は1カ月で中退。8歳で父に引き取られるも、10歳で継母と決裂した。それから教護院に入ったが、そこもすぐに逃げ出していた。もちろん、そうした貧困や不遇な、家庭環境であってもワルの道に走らない人も多くいると思う。でも、ボクはダメだった。劣等感も災(わざわ)いしたのか、ボクは犯罪を重ねることでさらにまた次の犯罪への糧(かて)となるような生き方しかできなかった。  窃盗に始まり、傷害、覚醒剤所持、銃刀法違反、殺人未遂などの罪を犯し、10代で横浜、練馬の鑑別所に入ってから、中野、府中、新潟、帯広、神戸、札幌刑務所を渡り歩いた。  監獄生活合計21年2カ月。人生の3分の1は「塀の中のクソ溜め」暮らしだ。ただ、刑務所は妙に安心できる場所だった。そこで出会った懲役囚たちはアッケラカンとした愉快で不思議な変わり者たちでいっぱいだった。

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