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疎遠になっていた母親から届いた手作りマスク。一人ぼっちじゃないから、この国難を乗り切れる

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サライ.jp

取材・文/ふじのあやこ 家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。(前編は関連記事から) 今回お話を伺ったのは、都内にあるメンタルケアクリニックの受付の仕事をしている志保さん(仮名・38歳)。大阪府出身で、両親と5歳上に兄、2歳上に姉のいる5人家族。家族のことは大好きなのに、思春期になると母親とぶつかることを避けてしまい、大人になるにつれて関係は徐々に希薄に。20歳の時に上京して、27歳の時に東京に実家のある男性と結婚。結婚に対して良かれとアドバイスしてくる母親にイライラを隠し切れないようになっていきます。 「昔から母親は自分の考えがもっとも正しいと思っている人。だからその考えを一度でも反対しようものなら、その怒りは私の人格否定にまで及びます。一度は上京後に年に2~3回ほど会うだけの関係で、それだけだとお互いの近況報告だけで終わるので、上辺だけかもしれないけどうまくいっていました。 でも、結婚前後は、私が結婚に向いていないと思っているのか、逐一アドバイスをしてくるようになって。言われることへのイライラ、言い返してしまった後に来る後悔の繰り返しがただしんどかった。母親と関わり合うことを避けるために、徹底的に相手の家族を優先していました」

離婚で余裕のなくなった心に「母の正論」はいらない

義実家との関係はうまくいっていたものの、結婚生活は4年で終了。理由は相手の浮気でした。 「浮気を知ったのは、前の携帯から。機種変更をして、夫が以前使っていた携帯が無造作に置かれていて、何気なく見たら浮気の証拠がバッチリ残っていたんです。たった一度きりの浮気であれば許していたかもしれませんが、その女性とは2年も関係が続いていました。結婚生活の半分はその女性と浮気をされているのだとしたら、もう離婚の一択しかありませんよね。幸か不幸か、私は子どもができにくいタイプで、子どももいませんでしたから。 離婚が成立した時には、両親は大阪に帰って来いと言いましたが、結婚後も仕事を続けていたことを理由に断りました。離婚で疲弊した私のメンタルで、母親の正しいという前提の小言を聞くことは絶対にできないと思ったからです」 しかし、志保さんのことを心配した母親は上京。気晴らしの観光を提案されたそうですが、そこで反抗期以降初めて大きなケンカをしてしまったそう。 「家にいては気が滅入るからという理由で東京観光を2人でしたんですが、まったく離婚のことを忘れさせてはくれませんでした。2人の共通の会話が私の離婚のことしかなかったからかもしれませんが、気分転換の意味がなくなるのに……。そのことにすごくイライラしてしまって、『またいい人と出会うことができる』と言われた時に、もう我慢できなくて……。母親の言うことなんて一度も正しいと思ったことはない! みたいなことを言ってしまったんです。その後は特に会話もなく、母親は帰っていきました」

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