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「サヨナラ満塁本塁打」をめぐるプロ野球史の悲喜こもごも

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7月24日、横浜スタジアムでのDeNA-広島戦は、DeNAの4番打者、佐野恵太のサヨナラ満塁本塁打という劇的な幕切れとなった。 【秘蔵写真】 プロ野球スター選手16人が見せた「オフの顔」 サヨナラ満塁本塁打はNPBでは86例目。7月2日にはヤクルトの村上宗隆もサヨナラ本塁打を打っている。同じ月にサヨナラ満塁本塁打が2本以上出たのは5回目、最多は2001年7月の3本だ。 実は最近のサヨナラ満塁本塁打は、ある球団の窮状を象徴的に表している。直近の3本は以下の通り。 2019年9月4日 山田哲人 ヤクルト11-7広島(投手 Gフランスア) 2020年7月2日 村上宗隆 ヤクルト9-5広島(投手 Tスコット) 2020年7月24日 佐野恵太 DeNA9-6広島(投手 一岡竜司) ここ3本を打たれたのはすべて広島。そして被弾したのは、広島のクローザー3人だ。 2018年まで広島には中﨑翔太という安定感のあるクローザーがいたが、2019年は不振に陥り、中﨑も含め4人の投手がクローザーに起用された。 2019年はそのうちの一人フランスアが山田哲人にサヨナラ満塁本塁打。今年は新外国人のスコットがクローザーに起用されたが、ヤクルト村上にサヨナラ満塁本塁打を打たれ轟沈、続く菊池保則も1セーブを挙げただけで失点が続き、7月23日には一岡が3人目のクローザーに起用されて今季初セーブを挙げたが、その翌日、佐野にサヨナラ満塁を打たれて撃沈された。 86例のサヨナラ満塁本塁打うち、広島は2018年までは4被弾だったが、ここ2年で3被弾と集中しているのだ。 今季は広島以外にもクローザーのセーブ失敗(ブロウンセーブ)が目立っている。サヨナラ満塁本塁打を打たれた投手をそのままクローザーに起用し続けるのは難しい。広島の救援投手陣の台所事情は深刻だ。 大打者でもサヨナラ満塁本塁打は、めったに打てない。史上最多868本塁打の王貞治、2位657本塁打の野村克也、3位567本塁打の門田博光はそれぞれ1本、勝負強さで鳴らした長嶋茂雄、三冠王3度の落合博満などは打っていない。 かと思えば、1950年11月20日の近鉄-西鉄戦でサヨナラ満塁弾を打った近鉄の坂本埴留(しげる)は、これがプロ入り初本塁打。通算でも2本しか打っていない。 1人で2本打っているのは青田昇(1947年、54年)、広野功(1966年、71年)、清原和博(2001年、06年)、立浪和義(2002年、06年)、井口資仁(忠仁、1999年、2009年)の5人だ。 記録マニアは「但し書き」が長くなるような本塁打が大好きだ。 86本のサヨナラ満塁本塁打のうち「逆転サヨナラ満塁本塁打」は32本、残る54本は同点での1発だ。 いわゆる「釣銭なし」、3点差での逆転サヨナラ満塁本塁打は16例。 ドラマチックな「逆転サヨナラ満塁本塁打釣銭なし」を2つ挙げる。 1949年4月12日 川上哲治 巨人6-5南海(投手 中原宏) この日の後楽園は険悪な空気が漂っていた。前年、南海のエース別所昭(毅彦)を巨人が引き抜こうと画策。双方が日本野球連盟(現在のNPB)に提訴する大ごとになった。連盟は巨人に10万円の制裁金を科したうえで、翌年3月になって別所の巨人移籍を認めた。 4月12日の一戦はそれ以来の初顔合わせ。一触即発の空気の中で、南海は選手兼任監督の山本一人(のち鶴岡一人)の2打点などで9回まで5-2とリード。南海ベンチは大いに盛り上がったが、9回裏、1死満塁で打席に立った巨人の4番川上哲治は、中原宏から逆転サヨナラ満塁本塁打。両軍の明暗は逆転、巨人ベンチからは歓声が起こり、南海は意気消沈した。両軍の遺恨は続き、2日後の4月14日には南海の捕手筒井敬三を巨人の三原脩監督が殴打する「三原ポカリ事件」が起きている。 1983年8月31日 松永浩美 阪急4-3南海(投手 中居謹蔵) 西宮球場でのこの一戦は阪急山沖之彦、ロッテ中居謹蔵の両右腕の投げ合いで無失点で最終回に。9回表ロッテの4番落合博満が2走者を置いて山沖から3ランホームラン、勝負あったかと思えたが、その裏、1死満塁で阪急の3番松永浩美が逆転サヨナラ本塁打。試合をきれいにひっくり返した。 9回表裏に3点、4点を入れあったケースはこの例と、 1994年4月9日 伊東勤 西武4-3近鉄(投手 赤堀元之) の2例だけ。 究極の但し書き付き本塁打である「代打逆転サヨナラ満塁本塁打釣銭なし」は、以下の3例。 1956年3月25日 樋笠一夫 巨人4-3中日(投手 杉下茂) 9回表を終わって中日の3-0。裏、中日先発の大矢根博臣が加倉井実に安打を打たれ、土屋正孝を歩かせると中日ベンチはエース杉下茂をマウンドへ。広岡にゴロを打たせるが失策で無死満塁。続く藤尾茂は三振に打ち取るも、代打に出てきた樋笠一夫は杉下の3球目を左中間に放り込んだ。 この樋笠一夫の一発は、永く「NPB史上最高の一打」とされていたが、それをしのぐ究極の一発が、45年後に生まれる。 2001年9月26日 北川博敏 近鉄6-5オリックス(投手 大久保勝信) 近鉄は「マジック1」で本拠地大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)での最終戦を迎えたが2-5とリードされ最終回に。しかしこの回無死満塁となる。梨田昌孝監督は、捕手古久保健二の代打に北川博敏を送る、投手は新人ながらクローザーとして活躍する大久保勝信。北川は1-2からのスライダーを振りぬき左翼席に本塁打。球場は歓喜に包まれる。 これ以上の但し書き付き本塁打はないと言われる「代打満塁逆転サヨナラ満塁釣銭なし優勝決定本塁打」が誕生した瞬間だ。 しかしこの日からわずか4日後に、もう1本「究極の本塁打」が出ていた。 2001年9月30日 藤井康雄 オリックス7-6ロッテ(投手 小林雅英) グリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)での試合。4日前に劇的な一発を喫したオリックスが、3-6とリードされて迎えた最終回、二死満塁で進藤達哉の代打で出場した藤井が、小林雅英からサヨナラ本塁打。二死からの「代打満塁逆転サヨナラ満塁釣銭なし本塁打」はこの一発だけ。また藤井は通算14本目の満塁本塁打。これはパ・リーグ記録だった。しかし4日前の北川の一発があまりに衝撃的だったこともあり、メディアの扱いは小さかった。なおこの試合では、北川に歴史的な一発を打たれた大久保勝信も投げていた。 今季は、劇的な本塁打が多い。シーズンが短縮されたことと関係があるのかもしれない。今季のうちにもっとすごい但し書き付きの一発が出るかもしれない。 文:広尾 晃(ひろおこう) 1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイーストプレス)、『球数制限 野球の未来が危ない!』(ビジネス社)など。Number Webでコラム「酒の肴に野球の記録」を執筆、東洋経済オンライン等で執筆活動を展開している。

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