伊豆・あさば、箱根・強羅花壇…憧れの高級旅館はどこが違う? 目指すは「一流の極み」
■新しい和の姿を開拓 「強羅花壇」
あさばに続き、1990年にルレ・エ・シャトーに加盟した旅館が箱根の強羅花壇だ。あさばが海外顧客から「オーセンティックジャパニーズ」と評されるのに対して、強羅花壇のイメージは「モダンジャパニーズ」と表現される。 強羅花壇は緑豊かな国立公園内にある旧宮家の広大な別荘跡地にある。門前は日本庭園の趣に満ちた純和風の空間。だが玄関路地を歩いて館内に入ると一転、斬新でモダンな光景が目に飛び込んでくる。ロビーから120メートルも続くガラス張りの列柱廊は、整然と一定のリズムを刻む幾何学的アクセントが強く印象に残る。突き当たりには月見台が配され、その左右にはサロンや大浴場があり、客室の棟へとつながっていく。 日本の建築様式と現代的な意匠のデザインが融合したユニークな建物。こうした「新しい和の姿の開拓」を追求する精神性が、強羅花壇の美ともてなしの底流に息づいているのではないだろうか。 アジアの骨董品が飾られたパブリックスペースは神秘的な雰囲気に包まれている。ここをはじめ、どの空間にも先代のオーナーであった名物女将、藤本三和子さんが目利きとしてそろえたインテリアが見事に調和している。イタリア語の通訳ガイドだった藤本さんは、海外にアンテナを張り、建築や芸術に対する知見を深め、強羅花壇にその美学を凝縮させたといわれる。
■「1人2部屋制」が生む おもてなしの進化
そんな先代の感性を受け継ぎ、ルレ・エ・シャトーの哲学である「おもてなし」と「食」のアップデートの指揮を執るのが強羅花壇の総支配人である、塩野邦弘さんだ。顧客一人ひとりのニーズに即応するために「仲居さん1人が2部屋を担当し、お迎えから出発まですべてお世話をさせていただいている。それが強羅花壇の最大の強みだと思っています」。 仲居さんは19歳から74歳までと幅広い年齢構成で20年、30年と研さんを積む人も多い。1人2部屋制は開業以来、継続してきた。「人材がおもてなしを生むのです。うちには120人の従業員がおり、そのうち仲居さんは27人。お花やお茶の知識なども含めて、日本的な教養などの教育を大切にしています」と話す。 そのこまやかであたたかなサービスは、宿に入り、担当の仲居さんと出会った瞬間から始まる。庭の木々や館内の建物などを熟知しているからこそできる、無駄のない説明。部屋の使い方を示す時の美しい所作。ユーモアをまじえて自身を語る親しみやすさ。宿を去る日にそっと添えられた文の美しい文字。その人となりを体現したかのような心のこもった接客だけで、強羅花壇に来た甲斐を感じてしまうほどだ。 山に囲まれた絶景と豊富な温泉で人気の箱根は近年、インバウンド客が観光客数を押し上げている。箱根の観光客数は2023年に1951万人まで回復し、2024年はピークだった2017年、2018年の2100万人に迫る勢い。 ルレ・エ・シャトーを通じて予約する海外富裕層の宿泊も増えるなか、守るべき伝統を守りながら、新たな時代に対応していくため、ベッド客室を増やし、エステルームを開設するなど、リニューアルを次々と手掛けてきた。一方で、「真の和文化の体験」を掲げ、上質な客室を新設し、料理を磨く。 2021年には強羅の特徴である岩石を大胆に配した枯れ山水庭園を抱える2つの新客室をオープンした。その内の1つである 別邸「暁」は 全41室ある客室のなかでも最大の広さ。本間12.5畳、次の間12畳、奥の間10畳、広縁6畳、ぬれ縁、前庭、外庭を配し、まるで1棟の邸宅に滞在しているかのようだ。地続きの日本庭園の中に設けた露天岩風呂では極上の非日常感を味わえる。 内装には聚楽壁、京唐紙のふすまといったぜいたくな装飾を施し、そこに身を置くと日本の建築・家屋のすごみすら感じる。「やはり伝統を守るという部分では和室のあり方を強く意識しています。お客様に心地よく過ごしていただくことは大前提で、その中で日本的な経験をしていただける環境が豊かである点が、強羅花壇の一番の魅力だと思います」 部屋食での夕食・朝食の繊細な和食は折り紙つきのおいしさ。さらに2023年には銀座にある名店「鮨よしたけ」が監修したすし店「鮨かだん」を開き、宿泊客のみならず人気を博している。 「私が2000年に入社した頃、インバウンドのお客様はほとんどいらっしゃらなかったのです。でも今は海外でも、東京に最も近い温泉地として箱根の名前が急速に浸透しています。日本は1つの国の中で、様々な旅の体験ができる唯一の国だと思います。ルレ・エ・シャトーに加盟する施設にはそれぞれの地域の強みがある。だからこそ各施設を泊まり歩いてもらい、日本の上質な旅の醍醐味を味わっていただきたいと思っています」 文:THE NIKKEI MAGAZINE 編集長 松本和佳 ※この記事は「THE NIKKEI MAGAZINE」の記事を再構成して配信しています。