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慶應ボーイが告白「ぼくらが『二郎』のラーメンを愛する理由」

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LEON.JP

どんぶりからあふれんばかりの野菜と豚と呼ばれるチャーシュー……このラーメン、ご存知だろうか? 自分では食べたことがなくても、SNSやテレビでご覧になった方も多いかもしれない。 年100杯食べるラーメン、10年以上通うラーメン店 「ラーメン二郎 三田本店」のラーメン。いまや東京をはじめ、京都や新潟など全国40店舗にも及ぶ「二郎」系列に加え、“二郎インスパイア”と呼ばれる類似のラーメン店を数えれば数多のお店がある有名店だ。この「二郎」が話題となり始めた80年代当時、お店は三田に1軒あるのみだった。 当時、JR田町駅から慶應の三田キャンパスに向かう交差点に面した角地という絶好のロケーションにあった「ラーメン二郎 三田本店」。あのころ、慶應ボーイと話すたび「おれ、いつも小ブタヤサイマシマシ」「ぼく、メン少なめでアブラカラメニンニクね」と呪文のような会話に入れず寂しかったなぁ。あのころの「二郎」は慶應ボーイたち占有のオフリミットという印象があり、容易に他校の、それも女子大生になど入れない独特のオーラを放っていたものだった。 いま大学を卒業して四半世紀あまり……かつてラクロスのクロスやテニスラケットを手にスタジャンを羽織っていた慶應ボーイたちもすっかり貫禄を増し、日本を牽引するリーダーとして日々の経済活動に勤しんでいる。でも、彼らが今また「二郎」のラーメンを前にするとき、数十年分の時計が一瞬にして巻き戻され、あの青春時代がプレイバックされるかのように楽しそうだ。 いったい彼らはなぜこれほど「二郎」を愛するのか。ジロリアン(注:「二郎」のラーメンをこよなく愛する人の呼称)である慶應OBのふたりと一緒に「二郎」を初体験してきた。

ジロリアンは語る。ジロリアンは語る。

「初めて二郎を食べたのは1985年、15歳の時でした。周囲からも話を聞いていたし、今ほどではなかったけれど慶應の学生たちで行列ができていました。でも最初は『これが噂の二郎?』と意外に思うほどあんまり美味しいと思えなくて。ただ先輩からも『まずは3回食べてみろ、それで夢に見るようなら素質がある』って言われてまして。で、実際3回食べてみたら本当に夢にみたんですよ(笑)。そこから僕のジロリアン人生がスタートしました」(池田氏) 「卒業以来、20数年経ちますが、継続的に年間100~120杯食べていました。さすがに健康を気遣うようになり、最近少しセーブしたら10キロ痩せまして(笑)。でも今日は久々に本店に来られてうれしいなぁ。さ、行きましょうか」(入山氏) 「『二郎』の注文ルールは難しいと思われがちですが、実はシンプル。まずラーメンは大か、小か。そしてぶた入りとぶたダブルというオプションです。初めてならまず小でいいでしょう」(池田氏) 「座ったら、食券を出します。麺を少なめにしたい、半分にしたいなどのリクエストはこの時言ってください。その後『ニンニク入れますか?』と聞かれたら、トッピングのコールを。ヤサイは主にモヤシとキャベツの茹で野菜。アブラはブタの油脂。カラメは醤油系の調味料。初めてならヤサイとニンニクは入れたらどうでしょう」(入山氏)

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