【中村憲剛×小林有吾対談 前編】真っ白な紙にゼロから作る作品が感動を与え人生をも変えてしまう。『アオアシ』を通じて漫画の力を改めて強く感じた
『アオアシ』内で作者の想定を超えて育ってきたキャラクターとは?
中村 ひとつ質問いいですか? 葦人をどう成長させるかっていうところで、1学年上に、天才の栗林晴久と強烈な個性を持った阿久津渚は、割と早い段階で(先生の頭のなかに)あったと思うんです。でも阿久津はただ嫌なヤツかと思いきや、対の存在である葦人との触れ合いを通じて実は彼自身も成長しているんですよね。阿久津が『アオアシ』のなかでここまでの存在感になることについて、先生の中でもともとそういう狙いがあって描いていたのかどうか。すごく興味があります。 小林 栗林、阿久津の2人が(葦人にとっての)ラスボスっていう設定ではありました。栗林と見せつつ、強い選手の象徴として阿久津もすごいっていうのは最初から決めていて、単なる嫌なヤツじゃなくて、ちゃんと彼には間違ったことは言っていないという意味での正義があります。たまたま人気が出たから重要キャラにしていこうってことではまったくなかったですね。 中村 では先生からすると、想定以上に重要になっていったキャラクターっていますか? いるとしたら誰? 小林 たとえば大友じゃないですか。 中村 おお。それはちょっと衝撃的。 小林 葦人のサッカーのレベルが上がって2、3年生の中に入っていったら、同学年の1年生キャラクターである大友なんて〝過去にいたよね〟的な存在になっていた可能性だってありますから。ここまでチームの中でも主力でプレーしているっていうのは、自分からしても意外かもしれない。 中村 描いている先生でも、意外に感じる流れがどんどん出ているってところが面白いですね(笑)。 小林 これは以前、憲剛さんに言ったと思うんですけど、1年生フォワードの橘総一朗だって、当初は(ユースの)セレクションに落ちる予定でしたから。それを途中で方針転換して、受かったキャラクターでもありました。 中村 普段ユースを見ている立場からすると、一般的に1年生が試合に出るのは簡単ではないですし、あそこまで多くの選手が試合に絡むのは稀なんです。だけど『アオアシ』にはリアリティがないんじゃない。1年生の成長をしっかり描いているから納得感があります。これってすごいことだとは思うんですよね。 小林 憲剛さんにそう言っていただき、うれしい限りです。 中村 漫画は何もない真っ白な紙のうえに、ゼロから作品をつくっていくわけじゃないですか。先生の漫画への熱い想いを乗せた作品が、多くの人に感動を与え、気づきを示し、読者の人生を変えてしまうことだってあると思うんです。『アオアシ』を通じて漫画の力というものを、あらためて感じています。それがどれだけすごいことか。 小林 自分こそ子供のころにいろんな漫画の名作を読んで人生が決まったようなものなんです。だから憲剛さんのおっしゃった意味はすごく分かります。 中村 じゃあ後編は、漫画に出会う先生の少年時代の話からうかがっていきましょうか。 取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫 ※「よみタイ」2024年9月28日配信記事
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