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わずらわしさからFA宣言…他球団からはトレードの打診も【小林雅英 ブルペンから走り続けた13年】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【小林雅英 ブルペンから走り続けた13年】#8  FA権がわずらわしかった――僕が2007年オフにFA宣言した理由を端的に言ってしまえばこうなります。  僕はこの年にFA権を取得。現在のように国内FA権と海外FA権に分かれたのは翌08年からでした。当時はどの選手も年間145日という一軍登録日数を9年分満たせば、国内外を問わず、移籍が可能でした。  当初はFA宣言するかどうかすら、あまり考えてなかった。ましてメジャーなんて頭の片隅にもありませんでした。にもかかわらず、連日のようにさまざまな人から「FA宣言するの? しないの?」と聞かれる。  メディアにもいろいろ書かれました。「巨人、横浜がロッテ・小林雅英を狙っている」なんてのはまだいい方。僕は何もしゃべっていないのに、スポーツ紙の1面に「在京のセ・リーグ球団が本命」と書かれる始末です。  当然、そうした記事をボビー・バレンタイン監督(70)も見たでしょう。指揮官にすれば、面白くないに決まっている。そうした事情もあり、ボビーとはギクシャクというか、僕自身、野球に集中し切れませんでした。  FA権を保有している限り、こんな状況が続くのか――。そう思うと嫌気が差し「それなら使ってしまおう」と思った。最初は「とりあえずFA宣言しておこうか」という程度の考えだったんです。  FA宣言する選手は事前に他球団と下交渉をするのが常識と言われていますが、経緯が経緯だけに僕は一切なし。ロッテは当時、FA宣言をした上での残留を認めていなかったので、移籍を覚悟したのは事実です。  もっとも、下交渉というほどのものではありませんが、 「トレードで獲得したいから、FA権を行使せずにロッテに残留してくれないか」  と打診してきた球団はありました。FA移籍なら補償が必要になりますが、トレードならそれを回避できるといった計算があったのでしょう。そんな口約束はアテにならないので、お断りしましたが。  瀬戸山球団社長と本多球団部部長に相談し、FA宣言自体はすんなり了承されました。  そして宣言して、真っ先に連絡をくれたのがインディアンスでした。実はホワイトソックスからも打診があったみたいなんです。「みたい」と曖昧なのは、僕に声を掛けてくれたのが初対面でなおかつ立場のあやふやな男性だったからです。2年契約で、年俸はいくらで出来高の条件はこうなっているなどと教えてくれたので、代理人関係者だったとは思いますけど。  ただ、そんなことを言われても、「何言ってんだ、このおっちゃん」としか思えず、「あ、そうなんですか。ありがとうございます」とだけ言ってそれきりでした。   =つづく (小林雅英/元プロ野球投手)

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