「死を見て生を知る」駆け抜けたアーティスト康夏奈が描いた世界観
アートを見れば世界が見える。今回は、シュノーケリングや登山での体験から自然や生命を描いたアーティストを紹介します。早逝した彼女が残した作品から、私たちが読み取れるものは何か。東京藝術大学准教授の荒木夏実さんが解説します。 【写真】「死を見て生を知る」駆け抜けたアーティスト康夏奈が描いた世界観
東京都庭園美術館「生命の庭」展の2度目の訪問では、感傷的な気持ちを抑えることができなかった。出品している8人のアーティストの一人、康夏奈が44歳の若さで亡くなったからだ。病気のことは以前本人から聞いていたが、本展を最初に見た時は、彼女の旺盛な制作力に触れ「元気なんだ」と安心していた。彼女が展覧会のオープンを待つことなく今年の2月に逝去したことをその後知り、愕然とした。 2013年の夏、家族で瀬戸内国際芸術祭を訪れることを伝えると、当時康が住んでいた小豆島の家に招いてくれた。小学生だった私の息子2人を海に連れ出し、シュノーケリングを教えたり、制作に使うクレヨンを惜しみなく使って絵本作りをしてくれた。康自身が全力投球で遊んでいたのが印象的だった。バーベキュー、花火、穏やかな瀬戸内の波、康が頻繁に描いた花寿波島(はなすわじま)のチャーミングな形、切り立った岩場の霊場。小豆島での数日は夢のように過ぎた。 芸術祭の宣伝広告でよく使われた康の作品《花寿波島の秘密》(2013・冒頭の画像)も「体験」した。康が30日をかけて海に潜り、自宅近くの小島の周りを観察して捉えた風景が、天井から吊った逆円錐形のボードに描かれている。観客は底の開いた部分に入ってぐるりと見回しながら鑑賞する。まるで海に潜ったような感覚を味わうことができる仕掛けになっている。 広島市立大学芸術学部時代に登山を始めた康は、大自然の魅力に取り憑かれ、日本のみならずヨセミテ、イエローストーン、ニューメキシコ、ボルネオ、ノルウェーのフィヨルドなどを訪れている。「登山の最中の危険な状態や体力の限界の時に見える自分の認識を超えた風景を捉えたい」(1)という思いで始めた《Beautiful Limit-果てしなき混沌への冒険》(2010)は、自然に分け入って進む自身の体験と記憶の軌跡を、クレヨンを走らせて表現した巨大なパノラマだ。康の身体が確かにそこに存在したことを示す、プライベートな山岳地図といえるかもしれない。パネルをつなげながら延々と続く作品はつなげると50mを超えるという。次世代や他の描き手に続けてもらいたいと語っていた「終わりのない」作品だ。 参考文献(1)「自身の体験から得た風景から心象風景が広がるパノラミックへ」(「吉田夏奈ーPanoramic Forest, Panoramic Lakeー展」LIXILギャラリー、2012)