家畜写真家のチャレンジ “いただきます”の概念を世界へ「命があること伝えていきたい」
第一次産業に携わりたいとしながらも、ニュージーランドでワーキングホリデーを経験し、その後もさまざまな職を経て、家畜写真家にたどり着いた瀧見明花里さん。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は、家畜と命、「“いただきます”を世界共通語へ」をコンセプトに掲げる活動についてお伺いしました。 【写真】家畜写真家の瀧見さんが雪に埋もれながら撮影したという牛のシズクちゃん ◇ ◇ ◇
あふれ返る牛の写真 自ら牛になった気持ちで撮影
新卒で入行した第一次産業系の銀行を1年で辞め、ワーキングホリデーで1年3か月のニュージーランド滞在。帰国後は牧場でのボラバイト、動物の病理検査業務、ホルスタイン専門誌の出版社勤務を経て、2017年8月から家畜写真家という珍しい肩書の“天職”に転身した瀧見明花里さん。牛や豚、鶏の写真を通じて、「食」と「命」のつながりを発信しています。 ニュージーランドでは畜産家や酪農家のもとにファームステイしながら、学生時代からの趣味だった写真撮影にも熱心でした。瀧見さんの写真は圧倒的に牛が多いですが、当地で最初に牧場を訪ねたのは牛が目当てではなく、羊の世話をしたかったことが一番の理由でした。 「でも羊って、毛刈りのシーズンを除くとずっと放牧しているからほとんど手がかからないんですよ。それで牧場の方から牛の乳搾りを頼まれました。初めてだったので、もう怖くて怖くて。噛まれることはありませんが、蹴られることは多いですね。懐っこい乳牛だと手や体をペロペロ舐めてきます」 無尽蔵にあるという牛の写真は、瀧見さんの牛への愛情、愛着が感じられ、牛と会話ができるのではないかと思ってしまうほど。牛に限らず、写真の特長の一つに豚でも鶏でも真正面から大写ししたものが多く、動物たちの豊かな表情がダイレクトに伝わってきます。何かの意図があってアップで撮影しているわけではありませんが、気がつくとそんな作品がたくさん出来上がっているそう。よく聞かれるので考えてみた結果、「牛を撮っている時は、私自身が牛になっている気持ちに変化しているのが理由では」という答えが返ってきました。