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玉置浩二に驚かされた、薬師丸ひろ子誕生日パーティーでの離婚発表

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<芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”③> 女優・薬師丸ひろ子さんの誕生日を祝うパーティーが、‘98年6月5日午後6時に都内のホテルで、開かれた。 【画像】芸能活動休止の手越祐也 フライデーが見てきた“アブない素顔” 4日後に34歳の誕生日を迎える彼女は、角川映画を支えてきた看板女優。会場には、俳優の真田広之さんや歌手の森山良子さんらの芸能、音楽関係者ら約100名が招待され華やかでにぎやかな宴が繰り広げられた。 司会はご主人の玉置浩二さん。「ワインレッドの心」「セーラー服と機関銃」などの大ヒット曲や、玉置さんが作曲し薬師丸さんとの結婚のきっかけになった「胸の振り子」という曲も披露されて、大いに盛り上がった。 ところが、和やかだったパーティーが、お開きになる寸前、玉置さんの一言でガラリと変わることになる。 「今日で(薬師丸)別れます。今まですごく楽しかった。長い間話し合って、生き方を別々にすることにしました。心はすごく通い合っていますし、これからも通じあうでしょう」 と、発言したのだ。会場のお客さんの顔が、驚きに変わる。薬師丸さんもニコニコしながら、 「そういうことです。これから届け出を出します」 と、返した。この発言で、会場は急に重苦しい雰囲気に変わる。 すごく不思議な演出だと思ったが、それが二人のやり方(?)。会場のいたるところに「不仲の噂はあったけど。これ嘘でしょう。離婚の発表なの?」と、小さな囁きが生まれた。 直前まで、あたたかい空気に包まれていた参加者たちは、玉置さん、薬師丸さんのCDとまんじゅうの引き出物を持って解散することになった。招待客には「なんで?」という思いが残ったようだ。 その7年半前の‘91年1月に、二人はハワイ・マウイ島で式を挙げた。晴天の元、父親の手に引かれ教会のバージンロードを歩く薬師丸さんを 「言葉にならないくらい奇麗でした。すごく感動しました」 と、カパルア・ベイ・ホテルのプールサイドで会見した玉置さん。その取材をしていたオレは、 「どんなことがあっても最後まで一緒にいたい」 「“ピーちゃん”と呼んでいる」 「“お父さん”と呼んでいます」 と、照れながら話していたふたりの姿が脳裏に浮かぶ。 人気女優、薬師丸さんは家庭に入ることになった。音楽活動をする彼へのサポートが理由のようだった。 結婚当初は、彼女がかいがいしく玉置さんのコンサート会場で働く姿もよく見かけられた。しかし、それも長くは続かなかった。 結局、籍を入れたのはハワイ挙式から1年半も経って。理由は、「婿養子になってほしい」と主張する薬師丸側に、玉置さんが拒否していたのが真実らしい。 それでも、二人は6億円と言われた豪華新居で薬師丸さんの両親との同居生活を始めていた。玉置さんが、世間で言うところの“マスオさん”状態になっているという声が流れだしたのもこのころだった。音楽活動する玉置さんの仕事部屋も物置に変わって行ったようで、すでに二人の別居生活が始まっていたのだ。 生まれも育ちも違う男女が結婚して暮らすのだから、すれ違いは仕方ない。しかし、ハワイで“幸せいっぱい”を見せつけられたオレには、離婚の理由は見つけることができなかったな……。 文:石川敏男(芸能レポーター) ‘46年生まれ、東京都出身。松竹宣伝部→女性誌記者→芸能レポーターという異色の経歴の持ち主。『ザ・ワイド』『情報ライブ ミヤネ屋』(ともに日本テレビ系)などで活躍後、現在は『めんたいワイド』(福岡放送)、『す・またん』(読売テレビ)、ラジオは福井放送、ラジオ関西、レインボータウンFMにレギュラー出演中

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