地図の長さ約18m! 高島嘉右衛門が製作した、東北本線の計画図「東京青森間測量絵図」の謎を紐解く
鉄道博物館(埼玉県さいたま市)で日本最長ともいえる鉄道地図の全容が初めてカメラに収められた。これは、令和4年(2022)9月に発売予定の『日本鉄道大地図館』に掲載される重文級の鉄道地図である。
解説●今尾恵介さん(地図研究家・62歳) 昭和34年、神奈川県生まれ。日本地図学会「地図と地名」専門部会主査。出版社勤務を経て独立。鉄道の歴史にも造詣が深い。近著に『地図帳の深読み』『地図で楽しむ日本の鉄道』ほか。
鉄道博物館に所蔵されている「鉄道地図」には、目的や製作の意図がよくわからないものが少なくない。撮影に立ち会った地図研究家の今尾恵介さんでも、初めて見る地図の役割や目的を想像すると、期待に胸が膨らむという。
なかでも、明治5年(1872)の鉄道開業時に新橋駅~横浜駅間の工事を請け負った高島嘉右衛門(1832~1914)が製作した、のちの東北本線の計画図「東京青森間測量絵図」は特筆すべき地図である。幕末から明治初期に活躍した技術者の小野友五郎(1817~98)が、東京と青森の間を踏査、測量した図面を、明治6年に専門の絵師に書写させたものだ。折りたたまれた絵図を広げると、長さは18mを超える。「おそらく日本最長の鉄道地図ではないでしょうか」と今尾さんは見立てる。鉄道博物館の学芸員・五十嵐健一さんによると、この絵図の全容が撮影されるのは今回が初めてという。
旧街道を意識して計画
東北本線の歴史は、高島嘉右衛門が東京以北の鉄道敷設を時の右大臣・岩倉具視(1825~83)に上申し、岩倉が政府へ提言したことに始まる。「国の財政難で敷設はいちど頓挫しますが、岩倉ほか華族・士族の賛同を受け、民間の資本を取り入れた日本鉄道会社が設立されました」と今尾さん。 東北本線は、日本鉄道により明治18年(1885)に大宮駅から宇都宮駅方面へ分岐延伸して開業する。明治20年(1887)には仙台駅・塩竈駅まで延伸し、その4年後に青森駅までの全線、約740kmが開通した。 絵図を具体的に確認した今尾さんは、実際に開通したルートと異なる点が多い、と指摘する。 「起点の東京エリアからして現在のルートとは違います。この計画図では新橋を起点とし、千住、越谷を経由して栗橋に至ります」。これは現在の東武伊勢崎線のルートにあたる。栃木県内では宇都宮から黒磯に通じるのではなく、喜連川、黒羽を経由して白河へと至る。これは旧奥州街道に沿っている。今尾さんは、「計画図は人の流れが多かった旧街道を意識してひかれたのでは」と分析する。 この計画図の詳しい解説は、今年の9月発売予定の『日本鉄道大地図館』に掲載される予定だ。