ブナが数年に一度、ドカンと大量の実を落とすワケ
『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第5回は、それぞれの生存戦略について。
数と運の生き残り戦略
「大量に産めば誰か残るよ」作戦は生物には普遍的なものである。 例えば、毎年毎年、大量の実を落とすブナ。だからって雑木林がブナの若木で埋め尽くされているのは見たことがないはずだ。というのも、ブナが発芽するには、いくつものハードルがあるからである。 まず、地面に落ちたブナの実は片っ端から動物に食われる。だいたいはネズミ、あとはイノシシなどだ。いや、落ちる前からゾウムシが産卵していて、殻の中で食べられていることも少なくない。あるいは腐ってしまう。その結果、多くの場合はその全てが食われるか腐るかしてしまい、発芽することさえできない。 だが、数年に一度、大豊作がある。こういう時はネズミも食べ尽くすことができず、実が生き残って発芽するチャンスがある。というより、数年に一度ドカンと豊作にすることで、チャンスを作り出している、と言ったほうがいい。 平常の結実数を低く抑えておくと、ネズミはそのレベルで食っていける数までしか増えられない。そうやってネズミの個体数を抑えておき、たまにネズミの食べる量を大きく上回る数の実を落とせば、間欠的にだが、ブナは発芽のチャンスを得られるのだ。 こういう周期的な大豊作を「マスティング」といい、様々な植物に見られる。 もっともブナの場合、発芽したとしても林床はササで覆われて光が届かない。光を浴びて大きく成長するチャンスは、ササが一斉開花して一斉枯死し、林床が明るくなる時だけだ。だが、光が不足したままヒョロヒョロの苗木として生き延びられるのはせいぜい数年。一方、ササが一斉枯死するチャンスは、数十年に一度しかない。 つまり、マスティングの年に実り、かつそれから数年以内にササが枯れてくれた場合だけ、その実はブナの大樹に育つ可能性がある。そんな気長な、と思うが、ブナの寿命は400年くらいあるので、その間に何度か「子孫が残る年」があればいいのだろう。