「家が恋しい」エチオピア内戦で祖国を追われる子供たち─親とはぐれ虐待・搾取の懸念も
東アフリカのエチオピアで、政府軍と少数民族ティグレ人との戦闘が起こり、隣国スーダンに難民が殺到している。混乱のなかでの避難を余儀なくされたため、親とはぐれ、ひとりきりで難民キャンプにたどりついた子供たちも多い。食べもの、住居、ケアなどが限られている現状では、多くの子供たちが虐待や搾取を受ける危険があるという。米紙記者が難民キャンプの様子を伝えた。 【画像】(続きを読む)「家が恋しい」エチオピア内戦で祖国を追われる子供たち─親とはぐれ虐待・搾取の懸念も
子供だらけの難民キャンプ
スーダン東部のウムラクバ難民キャンプが、人で溢れかえっている。息もできないほどに密集しており、子供たちがいたるところにいる。 国連難民高等弁務官事務所の青い記章が記された白いテントの裏から、2人の男の子がのぞき見をする。女の子は母親の注意を引こうとして泣き、若者がビニールに包まれたケーキを売り歩く。仮設の教室を出た少年少女たちが、追いかけっこをしている。 「ここで暮らすのが一番。僕たちの小さな村は戦争してるから」と、8歳のアシュナティ・ムルンゲタは言う。「ここにいられて幸せだよ」。 隣国エチオピアではアビー・アハメド首相率いる政府軍が、反政府的な北部のティグレ州に攻撃を加え、軍事衝突が起こった。これにより、5万1000人以上のエチオピア人が祖国を脱出し、そのうちの1万9000人がここスーダンのウムラクバにいる。2020年12月、私は戦争の話を聞くためにウムラクバ難民キャンプに行った。 エチオピア人難民のうちのほぼ3分の1が子供であり、国連難民高等弁務官事務所によると、少なくともそのうちの361人には保護者がいない。この事実は、避難を余儀なくさせた暴力が、いかに突発的であったのかを物語っている。
エチオピア内戦を逃れた少数民族ティグレ人たち
エチオピアのアビー首相は、自由な民主主義の旗印のもとで国家を統合することを約束している。だが、同国に住む少数民族ティグレ人の多くは、民族浄化のキャンペーンをおこなっているとして政府を非難する。ユニセフ(国連児童基金)によると、暴力はいまだに続いており、ティグレ人の子供たちおよそ230万人が人道的支援を受けられないままになっている。 保護者のいない子供たちの話では、真夜中に家から脱出し、着替えだけを背負って安全なところへとひたすら歩いているときに、家族と離れ離れになったという。 食べもの、住居、ケアなどが限られている現状では、多くの子供たちが虐待や搾取を受ける危険があると人道支援組織は指摘する。フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官はこう話す。 「とても心が痛みます。非常事態としての規模は、人数の点では比較的少ないのですが、ここまでのレベルで人々が家族から離れ、多くの子供たちがはぐれてしまっている事態は、見たことがありません」 いくつかの丘に挟まれた乾いた窪地であるウムラクバ難民キャンプでは、すでに永住の気配も見えはじめている。いつか故郷に戻ることを夢見ながらも、多くの難民たちはこの場所で未来──困難で不安定だとしても──を作りあげる決心があると語る。 最近訪問したときには、ゆったりとした服を着た男が、穴を掘って、家族の新しい小屋にわらの屋根を乗せるための梁を立てていた。1人の女はかぼそい手で火を扇ぎ、エチオピアの主食である平べったいパン、インジェラを焼いていた。そして近くの小屋からコーヒーの香りが漂ってくると、何人かの男が藪を払い、束の間の居場所を確保した。 こうした不安定な日々が1ヵ月以上続いている。そのきっかけは、エチオピアのアビー首相がティグレの指導者たちを非難し、ティグレ北部への攻撃を開始したことだった。首相はティグレ人たちが政府の軍事拠点への攻撃を組織し軍備品を奪取したとして非難した。このときから、紛争によって無数の市民が犠牲になり、人道的、地政学的な危機が加速した。この危機はエチオピアだけでなく、アフリカ半島全体を不安定にするものだ。 スーダンに殺到した難民たちは、収穫をあきらめて急いで家を離れ、その途上で暴力的な民兵に遭遇し、死体を見たと説明している。
Abdi Latif Dahir