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荒井寿彦さん/亡き親友の英国製スポーツカー、ジャガーEタイプのストーリー

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Nのジャガー

学生時代、街で見かけて衝撃を受けたスポーツカー、ジャガーEタイプに憧れている。友人が所有するEタイプのステアリングを握った日の出来事が忘れられない。 学生時代、東京・墨田区のガソリン・スタンドでアルバイトをしていた。冬になると、軽トラックの荷台に灯油の入った一斗缶を並べて、近所の工場や住宅に配達をした。下町の狭い路地を日に何度も走り回った。 ある日、四方を壁に囲まれた見通しの悪い交差点に差し掛かると、左から鼻先を突っ込んできたクルマがあった。軽トラックのなかで行き過ぎるのを待った。低くて尖った鼻はゆっくりと交差点に入ってくる。スポーツカーだ。前輪が出てきた。でも、ドライバーはなかなか出てこない。スルスルと果てしなくノーズが続く。なんて長い鼻なんだ! と驚いているとドライバー、後輪、そしてリア・エンドがほぼ同時に交差点を抜けていった。オープンカーだった。しばらく動き出すのを忘れたぐらい呆気に取られた。新しい国産車に乗り換えたお客さんが給油に来ると、その度に目を輝かせていた私だが、衝撃の次元が違った。 ジャガーEタイプに初めて遭遇した日のショックは、いまでも色あせない。 ジャガーEタイプのステアリングを始めて握ったのは、それから32年も経った2010年の秋だった。中学から大学まで一緒だった友人Nから「自分のクルマを運転してみないか?」という連絡をもらったのである。 中学から大学卒業まで一緒だったけれど、学生時代は懇意ではなかった。ファッション・デザイナーを父に持つNの家は裕福で近寄り難かった。久しぶりの同窓会で、私がエンジン編集部にいると言ったら、自分もクルマ好きだから一緒に飲もうということになり、そこから付き合いが深くなった。 Nの自宅ガレージには、ジャガーEタイプ・ロードスター・シリーズIII(1971)のほかに、ジャガーXJSコンバーチブル(1991)、ジャガーXJ6シリーズIII(1986)が収まっていた。Nはジャガーを愛するエンスーで、普段のアシにはXJ6を使っていた。「アライもさあ、ジャガーにすればいいのに。シリーズIIIの最終型は品質がイッキに向上して、壊れないよ。安いし」 とはいえ、今日はEタイプでのドライブである。Nを助手席に乗せ、5・3リッターV12を目覚めさせる。野太い排気音、ズラッと並んだメーター、細いステアリング・ホイール、そしてフロント・スクリーン越しに見える長いフェンダーの尾根に気持ちが上がった。 5・3リッターV12はウルトラ・スムーズで素晴らしい。風の当った頬を助手席に向けると、Nは寝ていた。えーっ! 寝るか。 横浜のカフェで、Eタイプがいかに美しいかとか、キャブのV12がいいとか、きっとそういう話をしたのだと思うけれど、よく覚えていない。Nがすっかり疲れていたからだ。 Nの自宅へ向かう帰り道も、Nは助手席で寝ていた。憧れのEタイプ初体験の日なのにと、Nの様子を訝りながらクルマを進めた。 ガレージにEタイプを納めるとNが言った。 「どうだった?」 「素晴らしかったよ。ありがとう。なんてったって憧れのクルマだからね。体験できたことは感謝しかないよ。もしよかったらまたドライブしよう」 Nは満面の笑みを私に向け、 「そうかあ。それは良かった。ジャガーもアライが運転してくれて、喜んでると思うよ」 と言った。 これがNとの最後の会話になった。Nは末期癌を患っていて、助手席で寝ていたのも薬のせいだった。 私の人生のなかで最も印象深いクルマであるジャガーEタイプは、いつも友人Nと共にある。 Nよ! お前の言っていたXJ6シリーズIIIの最終型を買ったよ! お前の言っていた通りのスポーティなセダンだよ! 文=荒井寿彦(ENGINE編集部) (ENGINE2020年7・8月合併号)

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