ラオス王者ラオ・トヨタFCを率いる福田潤の挑戦。中田英寿と同学年の「裏海外組」が辿った道
十分にアジアで通用する力 小国ながら可能性を秘めるラオス
辿った道は異色だ。ブラジル、ドイツ、フランス、ルーマニア、モンゴル、タイ、そしてラオス。ウランバートルで現役を退いた福田潤はその後指導者として頭角を現す。現在率いるのはラオス王者のラオ・トヨタFC。サッカー後進国ラオスの可能性をアジアに示すべく、福田の挑戦が続いている。(文:本多辰成 2019年7月発売『アジアフットボール批評08』を転載) ■プロフィール 福田潤(ふくだ・じゅん) 1977年、茨城生まれ。高校卒業と同時に単身ブラジルへ留学。その後欧州でプロになるべくフランスに渡り、セミプロクラブなどで合計7年を過ごす。模索を続けるなか30歳になるときルーマニア3部のクラブと初めてプロ契約を結んだ。現役生活に終止符を打ったのはモンゴルのウランバートルFC。引退後にそのまま監督に就任し、4年間の指揮で見事にチーム強化に成功すると、新天地を求めてラオスへ。現在はラオ・プレミアリーグ王者のラオ・トヨタFCを率い、アジアでの飛躍を虎視眈々と狙っている。
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フットボールチャンネル編集部