「多様性」に問いを投げかける小説、朝井リョウ『正欲』に注目集まる 文芸書週間ベストセラー解説
3月期ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(3月15日トーハン調べ) 1位 香月美夜『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~短編集2』(TOブックス) 2位 橘由華『聖女の魔力は万能です 8』(KADOKAWA) 3位 夕蜜柑『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。 13』(KADOKAWA)4位 今村翔吾『塞王の楯』(集英社) 5位 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房) 6位 久宝忠『水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編4』(TOブックス) 7位 米澤穂信『黒牢城』(KADOKAWA) 8位 朝井リョウ『正欲』(新潮社) 9位 リュート『目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい 7』(KADOKAWA) 10位 港瀬つかさ『“最強の鑑定士って誰のこと? 15 ~満腹ごはんで異世界生活~“』(KADOKAWA) 3月15日の文芸書ベストセラー、1位は電子書籍とあわせて累計600万部を突破している大人気シリーズ『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』のスピンオフ短編集第二弾。WEBサイト「小説家になろう」発の作品で、今や定番ジャンルとなった転生モノである。図書館への就職が決まった直後に死んでしまった女子大生の主人公が、「もっと本を読みたかった」という無念を抱えたまま、異世界へと転生を果たす。しかし中世のヨーロッパのようなその世界は識字率が低く、紙も本も一部の人間にのみ許された希少品。平民の娘として生まれ変わった主人公は、新しい人生においても司書になるべく、出世を果たしていくという物語。魔法があたりまえに使われるファンタジー設定ではあるものの、現実の歴史をふまえたうえで書物が人類にとってどのような存在だったのか、“読む”ことへの渇望と本への愛情とともに描きだされているのが、本好きの心に突き刺さるのだろう。4月11日より放送開始するアニメ第三期を目前に、堂々1位にランクイン。 2位と3位も「小説家になろう」発の人気シリーズ最新作。『聖女の魔力は万能です』は“聖女召喚の儀”で伊勢間に召喚された20代会社員、『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』は無敵の防御力を身に着けていくゲームプレイヤーが主人公の物語。ライトノベルの人気シリーズがランキングの半数を占めるのはままあることだが、女性が主人公の作品が上位3位を独占するのはやや珍しい印象。どちらもアニメ第二期の製作が決定している。 一般文芸では、直木賞受賞の『塞王の楯』『黒牢城』と、選考会では二作とならんで高評価だったという『同志少女よ、敵を撃て』が先月に引き続きランクイン。『同志少女~』は著者のデビュー作にして直木賞ノミネートという華々しさにくわえ、独ソ戦をもとに描かれた同作はウクライナ情勢にからめて紹介されることが増えたために、また一段と注目度があがったようだ。 そんななか、朝井リョウの作家生活十周年記念作品として刊行された『正欲』もまた、先月の10位よりランキングをあげている。約1年前に刊行されたにもかかわらず、再び注目されているのは、昨年10月に柴田錬三郎賞を受賞し、本屋大賞にもノミネートされたことが大きいだろう。 本作は、世間には理解されにくい、特定の対象に性的欲望を抱く人々を通じて、“みんな違ってみんないい”という言葉のもつ欺瞞を容赦なくえぐりだしていく。その欲望が、もし、直接的に他者を害するものであれば、罰するのは簡単だ。けれど、それが「被害」ではなく単に「不快」であるというだけの場合は? 9割の人間が不快に感じたとして、果たして罪なのか。不快の延長に被害があるという論理は、一見正しいようだけれど、9割の人間が正しいと感じる欲望にだって、他者を害する危険性はある。私たちはどのように、その欲望が許されるものなのか、罰すべきものなのかをジャッジすればよいのだろう。 秩序を守るためにはルールが必要で、ルールとはたいてい、マイノリティを抑圧するものである。だからといって、多様性が認められれば、すべての人が心地よく生きていけるわけでもない。とうてい受け入れがたいと感じる自分にとって特異なものも存在することを受容しながら、少しずつ我慢しなくてはならない。そのなかで、決して明確な答えの出ることのない被害と不快の境目を探り、私たちは考え続けなくてはならないのだということを、著者は本作を通じて読者に提示する。多様性、SDGsなどというわかりやすい言葉で覆い隠されているさまざまな複雑性を、つまびらかにしながら。 まもなく発表される本屋大賞で、本作が何位を受賞するかはわからない。けれどどんな結果になろうとも、今、読んでおくべき作品の一つであるように思う。
立花もも