【帯広刑務所編】塀の中「倍返し」些細な恨みを買えば、血の粛清《懲役合計21年2カ月》
元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました。実刑2年2カ月! 帯広刑務所に「遅い」春が来た! 北の大地の風景に身を委ねる懲役たちの四季の歌。そんな叙情に生命の息吹を感じるじんさんだったが、塀の中は灼熱の闘争の修羅場でもあった! 痛てえ、なにすんだああ! 今日もそんな声が聞こえてきます。 この記事の写真はこちら ■無言のままバットで襲いかかった瞬間 北の冬の訪れは早い。運動会のあとすぐに、今度は野球の試合が始まった。 何試合か印刷工場が勝ち進み、準々決勝にも勝った。その試合が終ったあと、ボクたち印刷工場の 懲役が、それまで座っていた茣蓙(ござ)を畳み始めていた、まさにそのとき、突然、神奈川から護送されて来て いた普段はおとなしい窃盗犯のヨシという懲役が、無言のままバットを振り上げて、帰り支度をしていた門野に襲いかかったのである。 辺りが騒ぎ出したので、ボクと佐々山が後ろを振り向くと、まだ片づけ終わってない茣蓙の上で、 ヨシが倒れた門野の上に乗っかかり、殴りかかっていた。 驚いたボクと佐々山がすぐに二人を引き離そうと、間に割って入った。 と、突然、ボクは左の頬に殴られたような衝撃を受けた。 見るとそこには、眼鏡を顔から半分ズリ落とした、赤鼻で月のクレーターのようなデコデコ区長の顔があった。 「あッ! 悪い、悪い」 区長はボクに謝りながら、止めに素っ飛んで来た印刷工場の担当部長と一緒に喧嘩をしている二人を押さえつけた。 そこへ休憩中だった看守ともども警備隊がドタバタと音を立てながらグラウンドへ駆けつけて来て 、二人を連れて行ったのだ。 当然、門野に飛んだヨシは、二人の警備隊員に腕を後ろへじ上げられ、頭を上から押さえつけられ て空飛ぶ飛行機のような格好で引致されて行った。一方、飛ばれた門野は、一人の警備隊員に腕を持たれて連行されて行く。 ボクが最後に門野を見たのは、このとき連行されていく後姿が最後となった。 遠山たちの取り巻きの懲役の一人に、川崎出身の馬場という、シャブと恐喝事件で5年の刑期を背負って来ているのがいて、ヨシはその懲役の舎弟になっていたことから、クンロク(脅しながら威圧する)を入れられて飛んだのだろう。 遠山は自分という存在を周りの懲役に強く誇示したいがために、馬場にクンロクを入れ、馬場はヨシを飛ばさせ、門野を血の粛清(しゅくせい)にかけたのだろう。 誰にも媚を売らず、飄々としている大学出のインテリジェンス豊かな門野に嫉妬していたのかもしれないし、 一言も口を利かない門野に、オレを無視していやがるとでも思ったのかもしれない。 もしくは、他に何か理由があったのだろうか。些細なことで恨みを買い、なことで敵意を持つのが人間である。まして、 塀の中ともなれば……。 この事件から何日かすると、集団を形成していた遠山たちのグループ5人全員が独居房の中へ吸い込まれていった。 飛べと言われて飛んだヨシが、すべてを歌った(白状した)。ある意味、ヨシも被害者だが、このような事件は塀の中ではよくあることだ。もっとも門野自身、飛ばれた理由を訊かれても、答えることはできなかっただろうが。 その後の噂によると、この事件に関与したグループは、2カ月間の「軽塀禁(けいへいきん)」の懲罰を受けたようである 。懲罰のマックスは2カ月だから、集団で起こした暴行事件は重たかったのだ。刑務所では、集団を形成して派閥をつくるという行為は、厳しい取り締まりの対象になっていて、運動の時間に二人以上固ま って歩くだけですぐに注意されるほどである。 門野を師と仰いでいた佐々山は、心の奥に哀愁と深い感傷を抱いているかのようだった。せっかく 仲良くしていても、突然、独居房に吸い込まれて、そのままもう二度と会えなくなってしまうかもしれないと思うと、塀の中の無情に言いしれぬものを感じて、何とも切なくなるものである。