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写真で見る東京オリンピックイヤーの銀座 カメラマン・伊藤昊が捉えた街の活気と高揚感〈AERA〉

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AERA dot.

 56年前の銀座を撮りためたカメラマンがいた。その写真からは五輪前後の人びとの高揚感や、新旧を受け入れる銀座の懐の深さが感じられる。AERA2020年7月13日号の記事を紹介する。 【写真特集】みゆき族、ファッション、名店…1964年の銀座を写真で紹介

*  *  *  東京オリンピックが開催された1964年は、日本にとって特別な年だろう。戦争に負け、焼け野原となった日本は、20年をかけ、奇跡とも言われる復興を遂げていた。満を持してのオリンピック開催に、人びとは心を躍らせていたに違いない。  その64年の東京・銀座を、フィルムに収めていた人物がいる。当時21歳のカメラマン・伊藤昊(こう)さん(故人)だ。2019年夏に、未発表のままだった伊藤さんの写真を見る機会を得た森岡督行(よしゆき)さん(45)が写真にほれ込み、写真集の出版を決めた。  森岡さんは銀座で、原則毎週1冊の本をセレクトし、その本を店頭に置いて売る「森岡書店」のオーナーだ。東京でオリンピックが開催される20年を目指して企画。しかし、校了を前に新型コロナウイルスが広がり、オリンピックは延期された。  銀座の街も、無傷ではいられなかった。飲食店などが廃業していく中、森岡書店も客足が鈍り、4月から1カ月間の休業を決めた。 「写真集の出版もどうしようかと考えていたのですが、銀座を少しでも明るくしたいと思うようになりました」  その写真集『GINZA TOKYO 1964』を手に、森岡さんに話を聞いた。  ページを開くと、通りにはオリンピックの旗が、デパートにはオリンピックのポスターが飾られている銀座の街並みが飛び込んできた。 「やっぱり、オリンピックをみんな楽しみにしていたんでしょうね。人びとからも明るい活気を感じます」  松坂屋(現・GINZA SIX)の前で撮影された写真には外国人の姿がある。 「伊藤昊は外国人を撮影することが多かったのですが、銀座で『アメリカ』を撮ろうとしていたのかもしれません。外国人以外にも、コカ・コーラのロゴや車などをイメージに選んだ写真がとても多いです」  当時、アイビールックに身を包む「みゆき族」と呼ばれた男性たちが、みゆき通りに何をするでもなく、たむろしていたという。交通を妨げる、たばこを吸うなどの理由で警察が補導したというが、それほど厳しいものではなかったのだろう。警察の姿はあるが、緊張する様子はない。

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