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なぜ日本は新型コロナ危機で「自粛」に頼るしかなかったのか

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現代ビジネス

「ロックダウン」できなかったワケ

 日本の新型コロナウイルスとの戦いは、今日に至るまですべて「要請」にもとづいている。 【写真】コロナ対策に成功しているのに「失敗した」と思い込む不思議な日本人  安倍総理は2月26日、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部において、大規模イベントについて同日から2週間、中止、延期、規模縮小の対応を行うよう要請を行った。今から振り返ると、これがその後の新型コロナウイルス感染症との戦いの始まりであった。  辞書で「要請」という言葉を調べてみると、「必要なこととして、強く願い求めること」とある。例えば今回も、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止のため、大規模イベントの開催を中止してもらうよう国や自治体が願い求めた。つまりは、お願いである。  一方、他国では、強制的に店舗の営業を禁じたり、不要不急の外出を市民に対して罰則を課して禁止する、いわゆる「ロックダウン」などの強行的な対応を行った国もある。  そのような中で、日本の対策は生ぬるいのではないか、警察なども使って人の移動を大きく制限するべきではないかという意見もある。実際、私のところにもそういう意見がたくさん来ている。  ではなぜ日本は、ロックダウンという手段を取らずに、自粛の「要請」という対応策にこだわったのか。

外出もイベントも「禁止」はできない

 その理由は、日本の法体系にある。  日本の行政法には、「法律の留保の原則」という考え方が存在する。これは、市民の自由や財産を侵害する可能性がある行政活動を行う際には、法律上の根拠が必要である、という考え方だ。  実際、内閣府設置法7条4項には、「内閣府令には、法律の委任がなければ、罰則を設け、又は義務を課し、若しくは国民の権利を制限する規定を設けることができない」とある。これはつまり、内閣府令によって国民に義務を課したり、その自由を制限する際には、「法律に基づく授権」が必要であることを示した規定である。当然、法律による授権の前提には、そのような法律自体が存在することが必要となる、という考え方がある。  このように日本では、私人の人権を制限する場合には、根拠となる法律の規定がなければならないとされている。そして現在のところ日本では、たとえ何らかの緊急事態が発生した場合にも、広く外出やイベントの開催を禁止する法律は存在しない。  さらに、そのような義務を課す法律があったとしても、それに違反した状態を強制的に解消させる手段(専門用語で「行政的執行」という)について認めている法律も、ほとんどない。  日本の法体系においては、緊急事態への対処も含めて、私人の人権を広く強力に制約する法律が少ない。これはおそらく、憲法上認められた移動や集会の自由などの人権に対する配慮の結果と思われる。

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