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昭和スナックに「コロナ廃業」が少ない理由 “盛り場”を守るママたちのたくましさ

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デイリー新潮

 緊急事態宣言解除後、ホストクラブなどの「夜の街」で再び感染拡大が広がっていることが批判を集めている。しかし、スナックなどの小さなお店が地域の常連客に“社交の場”を提供してきたこともまた事実である。苦境に立たされるママたちは今、どのようにコロナ禍を耐え忍び、何を考えているのか。“路地徘徊家”のフリート横田氏が追った。 【写真】銀座の老舗クラブママ「経理女性に店を乗っ取られました…」  ***

「ママ、ご無沙汰してしまってすみませんでした」  日頃、夜の街を歩き、飲み、盛り場の歴史などあれこれ書いている身だが緊急事態宣言が出るや、パタリと出なくなった。自分が感染して重症化する姿は想像がつかなくても、他人に知らぬうちにうつしてしまう怖さは強く感じるようになっていったから。

 が、ようやく5月末になって宣言が解除。「夜の街」で歳を重ねてきたママたちはどうしたろうか。声を聞くべく6月の頭、繁華街へ出た。馴染みのスナックのママたちの顔をしばらくぶりに見るやいなや、まずは口から出てしまうのが、先のお詫びの一言なのだった。  ところが…… 「何言ってるの、私も休んでいたからいいのよ」  なんて返す刀で笑ってくれたママもいた。メディアが今盛り場を取り上げるとき、最大の関心事は「休業と補償」。苦境に立つ事業者たちのもっとも切実な問題だから当然である。いったん休業して、そのまま廃業してしまった店のニュースは私の耳にも残っている。だがふたたび灯のともりはじめた盛り場のフタを開けてみれば、休業を強いられた者の苦しみの顔以外の表情も、確かにそこにあったのだ。

「人情があったのはカラオケ屋だけ」

 神奈川県は休業要請の緩和について、すべての業態や施設に対し2段階で行う方針を表明している。まずは5月27日、「ステップ1」の緩和が行われた。感染防止対策をすれば、どの業種も午後10時までの営業が可能となった。  6月9日夜の横浜。JR関内駅を出て福富町・長者町へ向かう。スナックやパブが多いエリアだ。戦後、ハマの盛り場にはおびただしい露店のヤミ市が立ったが、高度成長期に入ると立ち退きが進み、いくつかのビルへ散っていった。この日訪れた飲み屋ビルも、昭和40年代に元露店商たちが流転の果てにたどり着いたビルである。地下へ降り、小さなカウンターだけの店へ。

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