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“マラドーナ封殺”の元Jリーガー、独連盟が功績に再注目 「試合からほぼ消し去った」

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Football ZONE web

浦和で活躍したブッフバルト、1990年W杯決勝でマラドーナを密着マークし優勝に貢献

 西ドイツ代表(当時)が1990年イタリア・ワールドカップ(W杯)で優勝してから、8日でちょうど30年が経った。これを記念して、ドイツサッカー連盟(DFB)公式サイトが「マラドーナの影:ギドから“ディエゴ”へ」と題した特集記事を掲載し、かつてJリーグの浦和レッズで活躍した元ドイツ代表DFギド・ブッフバルト氏の決勝での功績に、再びスポットライトを当てている。 【動画】マラドーナ、元Jリーガーのストイコビッチやリトバルスキーも登場! 1990年イタリアW杯の「TOP10スキル」  90年7月8日にローマで行われた決勝は、82年大会から3大会連続で決勝進出を果たした西ドイツと、前回大会優勝国であるアルゼンチンとの間で争われた。この試合でブッフバルト氏は、アルゼンチンの絶対的エースだった“天才”ディエゴ・マラドーナを徹底的にマーク。当時「世界最高の選手」と評されていたマラドーナを完璧に抑え込み、アルゼンチンの攻撃力を大幅に削ぐことに成功。西ドイツの1-0での勝利と3度目の世界一に大きく貢献した。  DFB公式サイトの同記事では、ブッフバルト氏が決勝で見せたプレーについて、「ブッフバルトはマラドーナをマンツーマンでマークし、彼をほぼ完全に試合から消し去った」と言及。さらに、「ブッフバルトは決勝で1対1の場面を23回迎えたが、これは大会期間中の全ドイツ人選手の中で最多の数字であり、しかもこの23回の1対1における彼の勝率は70%強に達していた。この大会でマラドーナのボールタッチの回数が64回以下になった試合はなかったが、決勝でこのアルゼンチンの演出家はわずか46回しかボールに触らなかった。あの夜から、ブッフバルトは“ディエゴ”と呼ばれ続けている」と具体的な数字を挙げて、ブッフバルト氏が大一番で見せた抜群の働きぶりを称えている。  イタリアW杯での優勝から4年後の94年にブッフバルト氏は来日し、浦和に入団。97年10月に同クラブを退団するまでにリーグ戦127試合に出場し、95年と96年には2年連続でJリーグベストイレブンに選出された。現役引退後、2004年に再び来日して古巣浦和の監督に就任すると、05年に天皇杯優勝、翌06年にはJリーグ優勝と天皇杯連覇を達成した。  Jリーグで選手と監督の両方で偉大な足跡を残したブッフバルト氏だが、母国でもドイツサッカー史に残るレジェンドの1人として今もなお不動の地位にあるようだ。

Football ZONE web編集部

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