曹法相が目指す検察改革 背景にある「過去の清算」という韓国政治の大問題
検察の権限を縮小しようと考える文在寅政権
疑惑を持たれている曹氏をあえて法務長官に登用したのは、同氏が文政権の「民情首席秘書官」として検察改革に取り組もうとした有能な人物だからでした。民情首席秘書官とは、国民世論の動向を把握しつつ、高官による不正の監視など綱紀関連業務や法律問題の補佐、請願業務なども処理する重要ポストです。 しかし、検察改革を指揮する法務長官が疑惑にまみれていることに対して、国民から強い批判があります。 曹長官の任命に先立つ7月、文氏は朴槿恵(パク・クネ)前大統領の捜査を率いて功績のあった尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏を検事総長に任命しました。これも検察改革のための布石でしたが、尹検事総長は筋金入りの検察官で、「権力から独立した検察」が持論であり、検察改革には協力すると言いつつ、曹氏に関連する捜査では決して手加減しない姿勢です。 つまり、検察改革を進める政権側と検察が鋭く対立しており、法務長官の力が勝って検察から重要な権限を取り上げることになるか、それとも検察の力が勝って法務長官が検察改革の前に倒れることになるか予断を許さない状況になっているのです。
過去のあらゆる国家権力による暴力が対象に
今後、法務長官が失脚したり、あるいは国民の批判がさらに強くなったりすると文政権は非常に危険な状況に陥ることになります。しかも、単に一つの政権が生き延びられるかどうかということでは終わらない、「過去の清算」という大問題が、韓国の政治には付きまとっています。 韓国の過去の清算というと、日本による植民地支配の問題を想起するかもしれませんが、それだけではなく、時代を超えて存在する政治問題です。1948年の大韓民国の建国どころか、日清戦争(1894~95年)の頃、はたまた14世紀末から20世紀初頭まで続いた李氏朝鮮時代にまでさかのぼるという見方もあります。 「清算」の対象となるのは、あらゆる国家権力による暴力です。矛先は国家情報院、警察、検察など強権を持つ機関に限らず、政府にも向けられます。 過去の清算に際して、法律も策定されてきました。1980年代後半に韓国でいわゆる民主化が実現して以降、廬泰愚(ノ・テウ)、金泳三(キム・ヨンサム)、金大中(キム・デジュン)、廬武鉉(ノ・ムヒョン)及びおよび李明博(イ・ミョンバク)の各政権において、計20本余りの「過去清算関連法」が制定されています(韓国建国大学の李在承教授の論文、「韓国における過去清算の最近の動向」立命館法学 2012 年 2 号、342号を参照)。単純計算すれば、一つの政権で平均4~5本というペースです。なぜこんなに多くの過去清算関連法がつくられたのか。一つの原因は、ある政権でつくられた法律が、後に政権を取ったその反対勢力や国民によって批判され、あるいは不十分であったとみなされたからです。 たとえば金泳三政権では、朝鮮戦争中に共産ゲリラとして殺害された1000人近い犠牲者が無実であったことの確認と政府に対する補償が求められ、「巨昌(居昌とも表示する)事件等の関係者の名誉回復に関する法」が制定されました。また、金大中政権では、大韓民国成立前の1948年に済州島で蜂起した島民が多数(その後の一連の事件も含め数万人と推計されている)虐殺された事件の犠牲者について、「済州島 4・3 事件の真相解明および犠牲者の名誉回復に関する法」がつくられました。いずれも過去に起こった集団虐殺事件を清算する目的で制定された画期的な法律でしたが、それでも後に、国家権力の責任を明確化しておらず、被害者の扱いが不当である、国家による補償が必要だなどとの批判を浴びました。