緩和ケアがあれば、安楽死はいらない
「死なせてほしい」と言われたらどう答える?
「なあ、先生、もうこの病気は治らないし、もう生きている意味がないんだ。先生の力で何とか早く死なせてもらえないだろうか」 真剣なまなざし、表情で話し始めました。 私は末期がんの病人を診療することを長く続けてきたので、かなり多くの方から、同じように「死なせてほしい」と頼まれてきました。以前は戸惑い、「安楽死したい」という病人の願いを、どう現実に実践したら良いのだろうかと悩んだこともありました。 しかし、今は自分なりに、病人から「死なせてほしい」と言われたときにどうしたらよいのか、やっと分かってきました。私は、ロクロウさんの目を見ながら、声のトーンを落とし、そしてこう尋ねたのです。 「どのくらい真剣に死にたいと思っているのですか? もし方法があるのなら今すぐにでも死なせてほしいと思っているのでしょうか?」 ロクロウさんはこう言いました。 「頼む、今すぐにでもやってくれ」 私は、「気持ちは分かりました。確かに聞き届けました」と答え、そして、「その前に、今よりももう少し痛みをきちんと治療させてほしい」と頼みました。 病人の多くは、3回目の診察で大切な話をします。そしてその時初めて、面接試験に合格したことを私は知るのです。 「死なせてほしい」というロクロウさんの言葉は、私が彼の主治医として認められた「合格通知」なのです。医師と病人の間に信頼関係ができると、その時「死なせてほしい」と、心の内を話す関係になるのです。
痛みの治療、緩和ケアは、信頼されてこそ任せてもらえる
「合格通知」をロクロウさんからもらった私はやっと、緩和ケアの医師としてまともな仕事を始めることができました。「がんの痛みの治療をさせてほしい」と私から彼に頼んだのです。 もしかしたらうまくいかないかもしれません。でも信頼関係ができてくれば、きちんとやり直せます。私はロクロウさんの痛みに合わせて、麻薬を処方することにしました。「この痛みは必ず麻薬を使えばきちんととれます。うまくいくように私も努力します。うまくいかなければ直ぐに次の方法を考えます」と伝えました。 その日からさらに数日が経ち、私と一緒に、ロクロウさんの治療とケアに参加している訪問看護師と薬剤師それぞれからも報告を受け、痛みがなくなっていったことを知りました。次の診察では、痛みを感じなくなったロクロウさんは、こう言ったのです。 「前に会ったときは『早く死なせてくれ』と言ったけど、今は気持ちも変わってきた。少しでも長生きしたい。だから頼むな先生。妻の気持ちも以前より落ち着いてきたようだし。前は、家族に迷惑をかけないように、自分が早く死んだ方がみんなのためになる思った」と。 そして、その後もタバコの煙で真っ白になった部屋で診察を続けました。私の予想を超えて、体調は落ち着き、寝たきりの状態は変わりませんでしたが、その後も平穏に日が経っていきました。診察の度に、ロクロウさんは「少しでも長生きしたい」と私に言い続けたのでした。