緩和ケアがあれば、安楽死はいらない
病院が嫌いな人のためでもある、在宅緩和ケア
ロクロウさんは、ずっと以前から1日中タバコを吸い続けていました。「タバコを吸えなくなるので、入院は絶対にしない」と宣言し、病院の医師、看護師、そして家族の説得にも全く応じることはありませんでした。 「この部屋から一歩も動かん」と、自分の住み慣れた部屋でまさに、引きこもってしまったのです。 ロクロウさんは、元々多くの職人を束ねる棟梁でした。昔気質の、ぶっきらぼうなしゃべり方はしますが、男気があって義理人情に厚い方です。ものの話し方は、はっきりとしており、無駄なことは言いません。 一度「こう」と決めたら、もう他人の、家族の言うことは聞き入れません。「もう病院へはいかん」とロクロウさんは、頑なに診療を拒否してしまったのです。 そして、私がロクロウさんの自宅へ往診する事になりました。在宅医療は「家にいたい病人」のためというよりも、「病院が嫌いな病人」のためでもあるのです。病院が嫌いな理由の大きなものは、まずタバコを吸う病人、そして次に多いのが医療者とのやり取りで、心を傷つけられた病人や家族です。 ロクロウさんは、タバコを吸い続けていて、そして病院の医師とのやり取りで、心を傷つけられていました。 肺がんが分かったとき、病院の医師から、「これだけタバコを吸っていれば、肺がんになるのも当たり前です。もう、がんは広がり、またあなたの年齢では治療もできません。仕方ありません。自業自得ですよ。」と言われ、とてもショックを受けたと、家族から予め聞いていました。 ロクロウさんは、私が最初に会ったとき、肺がんのため寝たきりの状態で、壁伝いにトイレまでどうにか移動することがやっとでした。がんの痛みがあり、身体を動かすのもゆっくりでした。 自分が頼ることができる医師はおらず、孤独に苦しんでいたのでしょう。私が最初の診察で、「まず身体を診せて下さい」と言い、聴診器をあてていたときです。「どうせお前もオレを治すことはできんやろ」と怒り混じりに、しかし弱々しい声で言ったのです。