<私の恩人>藤山扇治郎 喜劇王の三世、中村勘三郎さんは何でも教えてくれた
ただ、その言葉をいただきながら、できなかったことがありまして。勘三郎さんと最後にお会いしたのは2011年。その時、僕は本格的に俳優の勉強をするため、上京して青年座研究室に入っていたんです。お芝居を学べば学ぶほど、おじいさんがやっていた松竹新喜劇の凄味が分かってくる。自分の中に、松竹新喜劇に入りたいという思いが生まれ始めていたんですけど、…何なんでしょうね、おこがましかったのか、遠慮なのか、勘三郎さんにお会いした時にその思いを口にすることができなかったんです。 そこからしばらくして、体調を崩され、会うことができなくなってしまいました。思いをお伝えすることはできませんでしたが、“やりたいことをやる”ために、松竹新喜劇に入りました。もう、勘三郎さんはいらっしゃらない。ただ、いらっしゃらないというのも、ある意味、最高の教えなのかと思います。何もお尋ねできない、見ていただくこともできない。こちらは、がむしゃらに頑張るしかないですから。 歌舞伎と違って、この世界は世襲ではありません。藤山寛美の名前は継いでいくものでもないですし、継げるものでもない。そもそも、求めてくださるお客様がいらっしゃらなければ、舞台をやる場も何も成立しない。 自分では分からないんですけど、舞台に立つ姿がおじいさんに似ていると言ってくださる方もいます。血がつながっているんだから当然なのかもしれませんけど、それも、自分の武器の一つ。一人でも多くの方に喜んでいただけるよう精進する。それが、自分にできる唯一の恩返しだと思っています。 (聞き手/文責 中西正男) ■藤山扇治郎(ふじやま・せんじろう) 1987年1月21日生まれ。京都府出身。本名・酒井扇治郎。松竹新喜劇の大スター、故・藤山寛美さんの五女である母と小唄の家元である父のもとに生まれる。女優・藤山直美は伯母。6歳の時に東京・歌舞伎座で初舞台。子役として、舞台やドラマに出演するも、16歳で俳優業は休止。関西大学卒業後の2009年から俳優活動を再開し、青年座研究室へ入所する。フジテレビ系ドラマ「赤い糸の女」ではヒロイン三倉茉奈の恋人役を務めた。今年11月、65周年を迎える松竹新喜劇に入団。大阪・松竹座で上演される舞台「道頓堀 喜劇祭り」(2014年2月7~16日)にも出演する。 ■中西正男(なかにし・まさお) 1974年大阪府生まれ。大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」に出演中。