テロリストと家族の直接交渉を容認へ オバマ政権が「方針転換」した背景
アメリカのオバマ政権は6月24日、テロ組織に拘束されたアメリカ人の人質の家族らが誘拐犯に身代金を支払っても刑事訴追しないという新方針を発表しました。これまでアメリカ政府は家族に対してもテロ組織との交渉を厳格に禁じてきましたが、今回の新方針で、人質となった家族のテロリストとの直接交渉を容認することになります。テロリストには譲歩しないという原則は守るため、アメリカ政府による身代金の支払い拒否は継続しますが、人質の解放に向けて政府が交渉に加わることも決めました。 さらに身代金支払い容認と同時に、人質となっている人の家族のための特別な情報提供を行う政府担当者の配置や、人質事件で関係国との調整に当たる大統領特使の任命などの対応もオバマ政権は決めました。いずれも「政府は冷たい」という訴えた人質家族の声に対応した形です。
被害者家族の訴えが動かした方針転換
ここ1年近く、アメリカのメディアはこの話題を大きく報じてきました。きっかけとなったのは、昨年夏にイスラム国に誘拐され、殺害されたジャーナリスト、ジェームス・フォーリーさんの事件です。フォーリーさんの家族はインターネットなどで身代金のカンパを集めていましたが、オバマ政権から「支払った場合、訴追する」と強く脅されました。この事実がメディアで明らかになるとともに、家族を訴追する可能性を示唆したオバマ政権の対応に対する世論の非難が大きくなってきました。 また、今年2月に殺害されたケイラ・ミュラーさんの家族のテレビ出演も世論を動かしました。ミュラーさんは人道支援のために現地入りしたものの、イスラム国に誘拐されました。ミュラーさんの両親は2月末のNBCの「トゥディ」に出演し、「テロリストに身代金を払わないという方針は分からないではないが、同じような状況に置かれた親ならだれでも、どんなことをしても子供を助け出したいと感じるはずだ」「身代金支払いを許してもらおうとしたが、オバマ政権は方針を変えなかった」「国民の命よりも方針の方が重要だった」と発言しました。筆者はたまたまアメリカでの調査滞在中にこのインタビューを視聴しましたが、インタビューの際の家族の苦しそうな顔と生前のケイラさんの明るい顔の写真が交替で画面に現れ、何とも言えない悲しい映像でした(このインタビューの一部はNBCニュースのサイトで日本でも視聴できます)。 家族にとっては、「政府との約束を守ったが、結局テロリストに殺された」「身代金を支払えば助かったかもしれない」という無念さが大きかったと思います。結局、この家族の声がとそれを伝えた報道がオバマ政権を動かした形となっています。 また、今回の決定には前触れがありました。アメリカのジャーナリストのマイケル・スコット・モアさんが2012年にソマリアの海賊に捕まったのですが、その際、家族は海賊と直接交渉し、家族の要請で民間の支援団体が身代金を払うこととなりました。最終的にはモアさんは昨年末、釈放され、自分の経験などを話すようになりました。彼によると、この際、国務省などのアメリカ政府機関は家族に対する嫌がらせはほとんどなかったといいます。海賊とテロリストという差がありましたが、誘拐され身代金を要求されるという点では同じです。オバマ政権のダブルスタンダードに非難が集まったのはいうまでもありません。