【インタビュー】バロテッリが語るイタリア代表やインテルでの思い出「バンディエラになることが目標だった」 | セリエA
恩師のマンチーニとプランデッリ
さらにバロテッリは、まだ若手だった頃、インテルやマンチェスター・シティで師事したマンチーニや、イタリア代表で指導を受けたプランデッリに言及した。 「マンチーニは、俺のキャリアの中で一番親しい指揮官だ。インテルでデビューさせてくれたのが彼だった。あの時は確か、(ズラタン)イブラヒモヴィッチの状態が良くなく、アドリアーノも波があった。それでも(エルナン)クレスポや(フリオ)クルスというワールドクラスの最強FWがいたのだが、マンチーニは勇気を出して俺を起用してくれたんだ。他の指揮官だったら、僕を起用しなかったかもしれない」 「プランデッリとも非常にやりやすかった。俺に対して寛容であると同時に厳格だった。特にEURO2012の時の居心地は良かったよ。監督もそうだし、チーム全体が良かった。ケンカをしたとかいろいろ言われたが、事実ではない。俺は誰ともケンカしていない。監督とはお互いにリスペクトし合っていて、何か言うべきことがあれば、直接話をしてくれたし、良い関係を築いていたんだ」
インテル会長から手渡された証
続いてバロテッリは、下部組織時代から2010年まで過ごしたインテルに言及。2010年4月のUEFAチャンピオンズリーグ準決勝バルセロナ戦でユニフォームを地面に叩きつけた時のエピソードなどを振り返った。 「サポーターの一部が俺のことを嫌っていたが、今なら理解できる。俺はインテルのために尽くしたが、過ちも犯したんだ。ユニフォームの一件とか、ミランへ移籍したこととか。人種差別的な発言はダメだが、批判したい気持ちは理解できる。消しゴムで消せるなら消したい思い出だ」 「あれは俺のインテルサポーターへの思いが強すぎたんだ。あの試合、俺は良い感じで試合に入れたつもりだった。それなのに緊張からか、パスに失敗してしまった。ファーストタッチのミスで抗議の口笛を吹かれたのは、初めてのことだった。それで悪く受け止めてしまったんだ」 「もしインテルのバンディエラになることができていたら、素晴らしかっただろう。インテルに入団した時、(当時のマッシモ)モラッティ会長からは、『好きなだけインテルにいていい』と言われていた。もちろん全力を尽くさなければならなかったとは思うが、バンディエラになることがモラッティと一緒に立てた目標だった」 「モラッティは唯一無二の素晴らしい人物だよ。ある日、俺に金貨をプレゼントしてくれたんだ。今でも持っている。だがあの時、俺はまだ若くて、なぜ金貨をくれたのか理解できなかった。『これは非常に大切なんだ。君にはクオリティがある。私は信じている』と言われたが、正直、話の意味が分からなかった」 「そこでその金貨をマルコ・マテラッツィに見せたんだ。そうしたら『よく聞け。これは会長が怪物ロナウドや(アルバロ)レコバ、アドリアーノとイブラにプレゼントした物なんだ。この4人しかもらっていない物なんだよ。それをお前に与えたということに意味がある』と言われて、ようやく理解した。この話を明かしたのはこれが初めてだよ」