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米大統領選、民主主義の危機

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Japan In-depth

【まとめ】

・米大統領選巡り、民主主義の危機が叫ばれている。 ・トランプ氏、郵便による期日前投票は不正の根源と主張。 ・氏が敗北しても大統領職離れぬ場合どうなるのか、懸念広がる。

今、米国で民主主義の危機が叫ばれている。来る11月3日の大統領並びに議会選挙で、民主主義の基本である民主選挙のあり方が問われているからである。 世界人権宣言や市民的政治的権利条約などでも、国民の意思が統治権力の基礎となる民主主義原則が謳われており、定期的かつ真正な選挙によって統治者が選ばれ、統治の正当性が築かれる。 米国は民主主義の大御所であり、歴史的な実験の場であることを自負し、これまで第二次大戦後、さらに冷戦後民主主義の拡大に貢献してきた。その米国が自らの民主選挙の正当性に対して大きな疑念を呈しているのである。 その根底には、現職のドナルド・トランプ大統領が民主党の対抗馬ジョー・バイデン候補に劣勢が伝えられている中、選挙に敗れた場合、選挙そのものの正当性を否定しようとしていることにある。 その理由として、郵便による期日前投票は不正の根源であるとの主張がある。さらに、急進左派の反ファシストグループ(Antifa)や民主党左派などが、民主党候補が敗れた場合には暴力行使も辞さない反対デモを強行し、混乱に陥れるとの危機感を醸し出していることがある。実際にそのようなことは計画されていないものも、そのような主張はトランプ大統領による選挙キャンペーンでプロパガンダとして利用されている。 郵便による期日前投票は米国全土で認められているが、そのやり方は州によって異なる。基本的には三つの方式がある。一つは、州法で投票権を持つ有権者全員に自動的に郵便で投票用紙を事前配布する方法。ワシントン特別地区とカリフォルニア、ネバダなど9つの州がこの方式を採用している。二つ目は、希望する有権者には投票用紙を事前配布する場合。ペンシルベニアやフロリダなど34の州はパンデミックのために特段の理由がなくでも配布出来る。三つ目は、特定の理由がある場合にのみ投票用紙を事前に配布する場合である。この方式は、テキサスやニューヨークなど7の州で採用している。(この数字は8月11日のニューヨーク・タイムズ紙のデータに拠る)これまでは不在者投票と区別されることが多かったが、コロナ禍のパンデミックによって郵便による投票に大きな関心が集まり、ほぼ同様に扱われている。 この郵便による投票は不正を引き起こすと主張して混乱を引き起こしているのがトランプ大統領だ。この投票方式は、米国では既に100年以上に渡っておこなわれており、専門家の分析では、不正はあるものの、その数は極めて少なく、選挙を左右するようなレベルではない。むしろ、問題は郵便による投票が、名前や名前のスペルが間違っているとか(これは幾つもの名字を使うヒスパニック系に多い)、提出してある署名と異なるとか、技術的理由で無効とされることだ。選挙によっては2パーセントあるいはそれ以上無効とされる場合があるとのことである。 しかし、パンデミックが収束しない中、危険を冒して投票所まで出向いて投票するよりも郵便での投票を希望する有権者が増えており、その場合には、パンデミックでより大きな影響を受けているマイノリティーや低所得者の人達の投票率が高くなる可能性があり、民主党が有利になるとのトランプ大統領側の懸念である。 この郵便による投票に輪をかけて懸念を醸し出しているのが、米国郵便局(USPS、米国郵政公社)のトップ人事の交代である。トランプ大統領が郵便投票を批判し始めたのと機を合わせてトランプ大統領へ多額の寄付をしているルイス・ディジョイが6月にその総裁に選出された。そして、各地の郵便局で、郵便の自動仕分け装置が撤去されたり、郵便箱が削減されたり、残業手当が廃止されたりしたため、これは郵便による投票を削減するための政治的工作だと批判されたのである。 ディジョイ総裁は、議会の公聴会でそのような批判を否定したものの、疑惑は残ったままだ。皮肉なことに、トランプ大統領は、自らの住所をニューヨークからフロリダに移しており、今回の選挙ではフロリダ州から郵便による投票用紙をリクエストしている。 実際の投票の仕方には幾つかある。投票所で投票するのが一般的だが、投票所以外のところに設けた投票ボックスで投票用紙を投函する方法もある。これに加えて郵便で送る方法がある。全国有権者の4分の3が郵便で投票用紙を受け取る権利があるとされ、8千万人規模の有権者が郵便で投票する可能性があるとされている。しかし、郵便投票が開票されない懸念を抱く有権者も多いため、特に民主党支持者の間には、指定された投票所で期日前投票を行う人が増えている。9月18日にはミネソタ州やバージニア州など4州で期日前投票が始まった。他の州でも間もなく始まる。 もう一つの今回の選挙に対する大きな懸念は、トランプ大統領が敗北した場合に、選挙は不正だったとして敗北を認めないことを示唆していることがある。そして、自らの支持者による暴力行使の可能性も示唆していることも、懸念をさらに深めている。敗北しても大統領職を離れない場合どうなるのか。米国憲法史上例のない事態が起きるのではないかということである。憲法では、新大統領は選挙の翌年1月20日に正式に就任することが規定されている。それが無視された場合には民主主義の根幹を揺るがすことになる。 米国の大統領選挙は投票総数で決まるのではなく、選挙人団制度(Electoral College)という特殊な州毎の投票総取り方式のため、民意を必ずしも正確に反映したものとは言えない。2000年や前回2016年の選挙でも、民主党候補が獲得投票総数で上回ったにも関わらず、選挙人制度の投票で敗れた経緯がある。 しかし、敗者が最終的には敗北を認め、勝者を祝福するのが米国大統領選挙の習わしとなっている。これが根底から崩される可能性を秘めた今回の大統領選挙が米国民主主義の運命を左右する選挙との位置づけをされている理由である。

植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)

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