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盧武鉉、文在寅……99歳で他界した“知日派韓国軍人”が危惧していた「反米政権の誕生」

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文春オンライン

政権内で日韓関係の重要性を説き続けた

 白大将の日韓関係強化への貢献は自衛隊関係だけに留まらない。  白大将は現役時代から「日本との国交樹立と友好関係の必要性」を主張してきたが、1961年に駐仏大使として赴任すると、日本の政治家や外交官との交流を深めた。当時の韓国政府内部においては、依然として日本との国交回復に慎重なグループもいたが、白大将は日韓国交回復の重要性を熱心に説き続けた。同年に朴政権が誕生すると、これまで停滞していた日韓国交正常化交渉の再開に向け、陰で尽力された。  朴大統領は朝鮮戦争のある戦闘で白大将に助けられ、それ以降、白大将を「命の恩人」と慕い、白大将の助言には謙虚に耳を傾けたといわれる。また、日韓交渉の韓国側の立役者であった金鍾泌氏は軍人時代、白大将の部下であった関係上、何かと白大将の助言を求めたと言われている。白大将は、朴正煕・金鍾泌という韓国の2人の首脳との人間関係をベースに、日韓関係の重要性を説き続けた。  1965年に行われた英国チャーチル首相の国葬の際、白大将は駐仏韓国大使として日本大使とも協力しつつ、葬儀参列のため訪英した岸信介元総理と韓国の丁一権国務総理との、条約締結交渉に向けた予備交渉にも関わるなど、日韓国交正常化に裏方として尽力されたと聞いている。

「よど号」事件では人質救出のために……

 白大将は、日本赤軍がハイジャックした「よど号」事件の時は交通部長官として、日本人人質の救出に尽力された。当初、韓国側の事件対応方針は極めて強硬であったが、日本政府の「人質の人命尊重を第一に」という要望を承知すると、白大将は韓国政府内部を説得して強硬方針を転換させた。これまでの軍歴と高邁な人格をもって韓国軍・治安機関などを説得できるのは、白大将しかいなかった。  また、日本側対策本部の金浦空港における現地対応に当たっては、陰日向となって日本側に協力し、当時の金山政英駐韓大使と塚本勝一防衛駐在官をはじめとする多くの日本人現地対策員に対し、電話などの連絡手段や対策室の提供、移動手段(車など)の支援といった便宜を計らい、事件の迅速で円満な解決に尽力された。  韓国駐在は1993年までであったが、私は後任の駐在武官と協力し、白大将の叙勲を上申した。外務省からも強力に推薦していただき、後に実現した。また、1998年には、当時の藤縄祐爾陸上幕僚長が訪韓の折、白大将に対して直接感謝の言葉を述べられたとも聞いている。  日韓関係は、目下、憎しみが憎しみを生む負のスパイラルにある。しかし、両国が相争っては、何の益も生まれない。私は現在の文在寅政権の対日政策には大いなる疑問を抱いているが、「大きな御恩を頂いた白大将の母国・韓国を憎むまい」といつも自戒しているつもりである。  日韓関係が一日も早く、負のスパイラルから抜け出すことを念じてやまない。 ◆ ◆ ◆  福山隆氏も参加した 「文藝春秋」2019年4月号 の座談会、「『日韓断交』完全シミュレーション」では、元韓国大使の寺田輝介氏、韓国富士ゼロックス元会長の高杉暢也氏、同志社大学教授の浅羽祐樹氏、産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が登場し、現実的な「日韓のあり方」を詳細に検討している。

福山 隆/文藝春秋

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