佳子さま、愛子さま、悠仁さま…皇族の結婚に必要なのは愛か家柄か、それとも覚悟か? 林真理子『李王家の縁談』が投げかける令和皇室への“問い”
〈これは「政略結婚」ではない、「ただの美談」でもない…林真理子が描く皇室結婚の苦悩とリアルとは?〉 から続く 【写真】この記事の写真を見る(10枚) ベストセラー作家・林真理子氏による文庫『 李王家の縁談 』、また同時発売の単行本『 皇后は闘うことにした 』が好評を博している。 明治時代に旧佐賀藩藩主、鍋島直大(なおひろ)の娘として生まれ、19歳で梨本宮(なしもとのみや)家に嫁いだ伊都子(いつこ)。皇族となり2人の娘を儲けると、長女を朝鮮王家に、次女を伯爵家に嫁がせるなど家柄を重んじた縁談を次々に進め、国に尽くした。物語は、彼女の日記を紐解きながら描かれる。 一方、現代も皇族の結婚は国民の大きな関心を集めている。「皇室の結婚史」から、林真理子さんと歴史学者・静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんが、皇族の結婚の現実と難しさについて語り合った(本記事は文藝春秋2021年4月号掲載記事「眞子さまの恋『皇室結婚史』から考える」をタイトルを変更して全文公開したものです)。
縁談で国に尽くした梨本宮伊都子の日記
林 ご無沙汰しています。今回はZoomですが、小田部先生には連載が始まる前お目にかかり、小説の題材となった梨本宮伊都子妃を中心にいろいろ教えていただきました。 小田部 「 李王家の縁談 」の連載も、とうとう最終回を迎えられたのですね。1年4か月もの間、おつかれさまでした。毎号とても興味深く拝読していました。私は歴史学者として皇室を中心に長く近現代史を研究していますが、研究者というのは動物でいうところの骨格や化石だけを調べるんです。でも林先生の小説を拝読していると、作家の仕事は、その骨格や化石をもとにまだ明らかになっていない部分まで想像力で肉付けしていく、要は、一つの動物を作り上げることなんだと感じました。 林 ありがとうございます。昨夜かなりぎりぎりで最終回を書き終えたばかりで、ひとまずほっとしています(笑)。先生のご著書『梨本宮伊都子妃の日記』がなければ、とてもこの小説は書けませんでした。 小田部 こちらこそ使っていただいてありがとうございます。伊都子は77年と6か月もの間、ほとんど毎日欠かさず書き留めていますから面白いですよね。今でいう“書き魔”だったのでしょうが(笑)、日本が日露戦争や第一次世界大戦を経て強国となり、日中戦争、太平洋戦争等を経験、一転敗戦国として復興へと歩む様子を、華族、皇族、そして一市民となった立場から記録し続けているんです。明治、大正、昭和と3代にわたる皇室を最も近くで見てきた者の生の声という、非常に貴重な資料です。 小田部 これまで、伊都子の長女方子(まさこ)なら方子、姪で皇室に嫁いだ勢津子(せつこ)なら勢津子というように一つ一つの結婚が描かれることはありました。けれど、それを伊都子という一人の女性の視点を通して結び付け、皇族の結婚をめぐる一つの物語にしているのが「 李王家の縁談 」の面白いところですよね。 林 ありがとうございます。伊都子は侯爵家に生まれ皇族に嫁ぎましたが、自らの立場への意識が人一倍強いですよね。 小田部 彼女の日記を読んでいて面白いのが、結婚後の両親の呼び方。それまでは「御両親様」と書いているのですが、結婚してからは「直大様」、「鍋島御夫妻」と書くようになる。実の両親を、ですよ。娘といえど、皇族に嫁いだ自分の方が身分が上だという意識があるんでしょう。いろいろ思い悩んだのか、すぐに、「御両親様」に戻っているのですが(笑)。皇族としての強い自覚がうかがえます。 林 私たちなんて「下々の者」とか言われそう(笑)。 小田部 私は、日記を研究していることを知った知り合いに「もし伊都子さんが生きていて日記を読まれていると知ったら、『この無礼者』と叱られただろうね」と言われてしまいました。彼女の生きた明治から昭和にかけては特に、地位や身分という意識をしっかり持たされたのでしょうね。
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