戦後80年を前に名古屋で10月に相次いで見つかった不発弾 80年前の不発弾が物語るメッセージとは
10月24日、名古屋市東区葵1丁目で見つかったのは、アメリカ製の250キロ爆弾。 市によりますと直径約36センチ、全長115センチほどの大きさで、建物解体作業中に工事作業員が発見し、自衛隊が不発弾だと確認したということです。起爆を制御する信管は保護されていて、爆発の危険はないということですが、市内では、10月17日にも、名古屋市中区でアメリカ製の焼夷弾が発見されています。
■東区の不発弾は一体いつのものなのか?
ピースあいち理事で名古屋空襲に詳しい西形久司さんは「1945年3月25日の空襲の可能性が高い」といいます。 西形さんによりますと、この日はアメリカ軍のB29爆撃機による夜間空襲が行われ、多くの爆弾が投下された日だというのです。
■3月25日の名古屋空襲とは…
当時、多くの軍需工場があった名古屋市。 今回、東区で見つかった不発弾は、千種区にあった名古屋陸軍造兵廠千種製造所を狙った爆弾が外れ、東区に落ちた可能性が高いのではないかといいます。
■戦後80年を前に発見された不発弾
令和となった今でも、市内で相次いで発見される不発弾。 ピースあいち理事で名古屋空襲に詳しい西形久司さん: 「立て続けに出てきたというのはある意味で意思でもないんだけど忘れちゃいやだよということは声なんですよね…あれは」 市の資料によりますと1945年3月25日の空襲は、市街地無差別爆撃の可能性もあり、1617人が犠牲になったということです。 今回発見された不発弾は、これからを戦前にしないため、名古屋空襲の歴史を忘れないよう訴えているのかもしれません。