アサド政権が瞬く間に崩壊、独裁政権下で「隣人や家族も信用するな」と叩きこまれた人々は自由社会に移行できるか
(国際ジャーナリスト・木村正人) ■ 「驚かなかったと言う人は正直ではない」 [ロンドン発]わずか12日間だ。国際テロ組織アルカイダの流れを汲むハイアト・タハリール・アル・シャーム(シャーム解放機構:HTS)率いる反政府軍がシリア北西部アレッポに進撃を始め、1971年から半世紀以上にわたってシリアを支配してきた悪名高きアサド独裁政権を瓦解させるまでの時間である。 【写真】シリアのダマスカスではこんな光景も。銃を持った反政府軍戦闘員の隣に立ち笑顔で記念写真を撮る2人のシリア人女性 「率直に言って驚かなかったと言う人は正直ではない。反政府軍も自らの進撃の速さに驚いた。奇襲を始めた時、彼らはもっと限定的な作戦を意図していた。しかし政府軍崩壊の速さに、できる限り前進しようと決意し、アッという間にダマスカスを陥落させた」 米シンクタンク、ブルッキングス研究所中東政策センターのスティーブン・ヘイデマン氏は驚きを隠さない。ダマスカスは自らをアラブ世界の「鼓動する心臓」と呼ぶが、中東の地図を広げるとシリアは要であることがひと目で分かる。 シリアは北大西洋条約機構(NATO)加盟国トルコ、米国の同盟国ヨルダンとイスラエル、4000人以上の米軍が駐留するイラクに囲まれている。レバノンや地中海の安全保障にとって生命線であるため、米国の敵対国ロシアとイランは数十年にわたってシリアを支援してきた。
■ イラクでフセイン政権が崩壊した時と同じように… バース党(アラブ民族主義政党)のアサド独裁政権が崩壊した時、シリアの人々はイラク・バース党の独裁者サダム・フセイン(1937~2006年)が倒れた時と同じように、独裁者バッシャール・アル=アサドの父で元大統領ハーフィズ・アル=アサドの像を引き倒し、歓喜を爆発させた。悪夢は繰り返されるのか。 「シリアの人々が50年以上にわたる残忍な独裁政権から脱却することの意味を理解し始めるのを目撃している。シリアでは人々は学校で幼い頃から互いに信用してはいけない、隣人や家族でさえも国家の潜在的な敵とみなすよう教えられてきた」(ヘイデマン氏) 「両親は子供たちに家の外に出る時は言葉に気をつけるよう言ってきかせる。壁には耳があるのだから、と。このような独裁政権下での生活による集団的トラウマが薄れ、シリアの人々が自由な社会で暮らすことの意味を本当に理解するまでには長い時間がかかるだろう」(同) 独裁政権から自由な社会への移行は失敗する可能性もはらんでいる。未来への興奮と期待、そしてこの先、乗り越えなければならない困難が数え切れないほど待ち構えている。 それにしてもアサド政権を支えてきた政府軍はどうしてHTS率いる反政府軍と戦おうとしなかったのか。