アサド政権が瞬く間に崩壊、独裁政権下で「隣人や家族も信用するな」と叩きこまれた人々は自由社会に移行できるか
■ アサド政権崩壊にほくそ笑むトルコのエルドアン大統領 ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争の長期化でロシア、イラン、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの支援が途切れ、政府軍の士気と決意の低下に拍車をかけた。反政府軍による恩赦と自治の約束がアサドから体制側のアラウィ派を離反させた。 HTSは2017年、アルヌスラ戦線(ANF)と他の複数集団が合流して結成された。シリアにおけるアルカイダ関連組織として同国北西部の一部を掌握、アサド政権を倒してイスラム教スンニ派「イスラム国」を建設することを目指していた。結成以来、数人の米国民を人質にとっている。 トルコはクルド人民兵主体のシリア民主軍を牽制するためHTSと妥協した。ブルッキングス研究所のケマル・キリシュチ上級研究員は「トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領はアサド政権崩壊とHTS率いる反政府軍がダマスカスを支配したことを喜んでいる」という。 ピーク時に370万人に達したシリア難民が大量に帰国する見通しが出てきたからだ。トルコ大統領選では悪化する経済と難民問題が争点化した。アサド政権崩壊はシリア難民の帰国を促し、エルドアン氏には追い風になる。しかしシリア和平と復興が実現しなければ画餅に帰す。
■ トランプ氏「米国の戦いではない」 孤立主義者のドナルド・トランプ米次期大統領はシリア紛争から手を引く意向を明らかにしており、自ら立ち上げたSNSのトゥルース・ソーシャルに「米国の戦いではない」と書き込んだ。シリア北東部に駐留する900人の米軍を撤退させることを優先する恐れがある。 しかしシリアの権力移行が失敗すれば新たな暴力が引き起こされ、再び大量の難民が発生する。中東の混迷が一段と増すのは必至。前出のヘイデマン氏は「米国は制裁を解除して何百万ものシリア人の苦しみを和らげ、アサドとその一味が略奪した資産の回収を手助けできる」と指摘する。 アサドの敗北はロシアとイランの戦略的敗北でもある。ロシアの限定的な空爆はHTSの進撃を止められず、ロシアの軍事顧問や軍事資産はクソの役にも立たなかった。中東におけるロシアの軍事的拠点であるシリアのヘミーム空軍基地とタルトゥース海軍基地が危機に瀕する。 ロシア軍はリビアにも基地があるが、シリアの基地が失われればアフリカへの兵站は苦しくなる。アフリカの安全保障に詳しいブルッキングス研究所のヴァンダ・フェルバブ=ブラウン氏は「モスクワはHTSに接触し、基地へのアクセスを維持するよう交渉している」と解説する。