10年前に、吐き気をおさえながら更新した「新幹線の文字ニュース」 今はAIで自動化、サービス終了も相次ぐけれど… #あれから私は
JR東日本が新幹線などの車内で流れる「文字ニュース」を終了すると発表しました。スマホで乗客が自分でニュースを見ることができるようになり、その役割を終えたと判断したそうです。昨年はJR東海も東海道新幹線で「文字ニュース」を終了しています。30年あまりにわたって新幹線の乗客に、押しつけでもない、それでいてささやかな気づきを提供してきたサービス。10年前、私は、吐き気をおさえながら、この「文字ニュース」のために数字を打ち込み続けていました。(withnews編集部・奥山晶二郎) 【画像】DASH村の舞台となった旧津島村のいま…震災後、立ち入り制限となった集落の「今の姿」 住民が残した痛烈な皮肉「東電さんありがとう」
余震で電線が揺れていた
その日は遅めの昼食をすませ、夜勤のため会社に行く準備をしているところでした。 2011年3月11日午後2時46分、都内の自宅マンションも大きく揺れ、倒れた家具や本で部屋の中は歩くのもやっとの状態でした。 急いで外に出て、普段、使う地下鉄には乗らず自転車で会社に向かいました。 途中、八重洲通りの交差点では、ビルから落下するガラス片から逃れるため、多くの人が中央分離帯に集まっていました。 余震で電線が揺れるのを見ながら、会社にたどりつき、そこで担当したのが「文字ニュース」の更新でした。
手を止めて見入った中継
当時、私は朝日新聞デジタルの前身である「asahi.com」の編集部にいました。 記者が書いてきた記事のデジタル用の見出しを考え、写真などをつけて配信するのが主な仕事で、日によって「文字ニュース」を担当する勤務もありました。 会社に着いた時、編集部内は大騒ぎで、様々な取材現場からニュースが飛び込んでくる状態でした。 その中で「文字ニュース」は、ネットに出す記事と連動する形で、どんどん更新されていきます。最初は停電や断水、下落する株価、交通情報などが多かった記憶があります。そこに少しずつ犠牲者の情報が入りはじめました。 全体像がつかめないまま次々と来る情報に対応していると、しばらくしてテレビの映像に社内が騒然としました。そこには上空から撮影された津波が映し出されていました。画面には「LIVE」の文字。今、自分がいる同じ時刻の出来事でした。