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妹に「申し訳ない」 搭乗便の変更を今も悔やむ 日航ジャンボ機墜落事故 きょうで35年

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上毛新聞

 520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故から12日で35年を迎える。墜落現場の群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」では11日、遺族のみの慰霊登山が本格的に始まった。尾根の管理人や日航社員、遺族らは墓標や登山道などの清掃や整備を行い、多くの遺族が登る12日に向けて準備を整えた。

◎事故当時に現場へ向かった兄 現場を見てあぜん

 事故で次男の健君=当時(9)=を亡くした美谷島善昭さん(73)=東京都大田区=は、老朽化し、名前が見えづらくなった墓標の修復作業に汗を流した。尾根の整備を長年続ける日航社員やOBに触発され、自らも10年以上前から活動を手伝うようになった。「息子が眠る山。やれるところまで、安全の聖地をこれからも守りたい」と語った。大勢の日航社員らも登山道のスロープや階段の清掃活動などに取り組んだ。

 全日空社員で乗客だった妹の千合子さん=当時(21)=を亡くした瀧井強さん(61)=東京都渋谷区=は毎年混雑する12日を避けて慰霊登山し、今年も11日に妻と尾根を訪れた。

 瀧井さんは35年前、自衛隊員の後ろに付いて約8時間半かけて墜落現場を目指した。事故2日後の14日夕に到着した現場は、強烈な異臭がして、遺体の一部があちこちに転がっていたという。「俺が行って妹を助ける。その気持ちだけだったが、現場であぜんとした。戦場のようで、生存者などいないと思った」

 遺体は9月13日に見つかった。藤岡市内の体育館で待機していたある日、市内のおばあさんがおにぎりを持ってきてくれた。自宅の風呂に入れてもらったり、食事をごちそうになったりした。見ず知らずの他人だったにもかかわらず、優しくしてもらったことを今でも覚えているという。

 千合子さんは当初13日の便に乗る予定だったが、瀧井さんの用事の変更で搭乗する便を早め、事故に巻き込まれてしまったという。瀧井さんは今も悔やむ。この日、うさぎのぬいぐるみやビールを供えた。「『申し訳なかったな』と、いつもここにざんげをしに来ている。安らかに眠ってほしい」と語った。

 日航によると、11日に訪れた遺族は4組10人ほど。登山道は昨年10月の台風19号(令和元年東日本台風)で被災した。仮設の足場などの整備は進んだが復旧は道半ばで、高齢化する遺族には12日の慰霊登山を見送る人も多いとみられる。また、新型コロナウイルスの影響で前夜に神流川で開かれる「灯籠流し」は中止に。上野村の「慰霊の園」で12日に開かれる追悼式典も規模が縮小される。

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