認知症で1年以上、行方不明の父「見つからないで…」という気持ちも相半ばする家族の葛藤
「父がいなくなって1年半、帰ってほしい気持ちと、見つかってほしくない気持ちに揺れながら、今も捜しています」と、認知症行方不明者家族の会・代表の江東愛子さん。年金受給はストップする一方、介護保険料は支払いが続くなど、金銭的な問題も。家族が抱える困難と、それを防ぐ取り組みとは。 【写真】1年半ものあいだ行方不明の江東さんの父 親が高齢になると認知症の不安が頭をよぎる人は少なくないはず。厚生労働省の調査では、2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症を患うと推計している。認知症になったら、介護の負担が伴うのは必至。そこに、見落とされている大きな問題があるのをご存じだろうか。
散歩に出たまま行方不明の父
「昨年4月、当時73歳で軽度の認知症だった父が、夕方の散歩に出たまま行方不明になってしまいました。いまも消息はわかっていません」 こう語るのは長崎市在住の江東愛子さん。徘徊は今まで一度もなかったにもかかわらず、突然の出来事だった。 江東さんの事例は決して珍しいことではない。警察庁によると、2023年に認知症やその疑いで行方不明になった人は延べ1万9000人余りに上り、統計史上最多を記録。年々増加の一途をたどっており、10年で約2倍となっている。 認知症行方不明者はなぜ増え続けているのか。介護職経験を持つ、淑徳大学社会福祉学部教授の結城康博先生は次のように背景を読む。 「認知症患者が増える中、高齢者の一人暮らしや夫婦のみの世帯も増えています。家族の介護力はどんどん減退して、見守るのが難しくなっている。たとえ親子で同居していても、子どもは日中仕事なので家にずっといられない。認知症の介護には限界があり、徘徊などから行方不明につながっているのでしょう」 認知症の介護負担は人それぞれだが、親が行方不明ともなれば心労は計り知れない。しかし、実態が見えにくいため、残された家族に対するケアは十分届いていないのが現実だ。
散歩が日課で電話番号も言えた父
今年9月、認知症による行方不明者家族を支援する全国初のNPOが長崎市で発足した。その名は「NPO法人いしだたみ・認知症行方不明者家族等の支え合いの会」。冒頭に登場した江東さんが同法人の代表者だ。“いしだたみ”は父親がオーナーを務め、家族で営んでいたレストランの名前からとっている。 「私自身も含め、認知症行方不明者の家族はさまざまな困難や苦悩を経験しています。同じ境遇を持つ当事者同士がつながり、心のよりどころにできる場をつくりたくて会を立ち上げました。当事者家族の集いや相談、啓発活動などが主な事業内容です」(江東さん、以下同) 軽度の認知症を患っていた江東さんの父親、坂本秀夫さんが、行方不明になった経緯を聞いた。 前述したとおり、夕方の散歩が事の始まりだった。 「父は散歩が日課でした。その日も朝、昼と散歩し、帰宅しています。夕方もいつもどおり散歩に出かけ、夕食前に戻るはずでした」 坂本さんは長崎市内でレストランを経営し、長年シェフとして腕を振るった。2012年、62歳のときに若年性アルツハイマー型認知症を発症したが、6年ほど仕事を継続。引退後、デイサービスに通う日々でも、認知症の進行は緩やかで軽度なままだったという。そして失踪当日を迎える。 「散歩からの帰宅が遅いため、母が心配して父の携帯に電話をかけたんです。父は『いま帰りよる!(いま帰っているよ!)』と、いつもと違う強い口調で応じ、すぐ切ってしまった。同様のやりとりを3回ほどした後、充電が切れたのか電話がつながらなくなってしまって……」 こうして警察への連絡を決意し、いざ捜索が始められた。だが手がかりはなし。残された家族はここから孤独な闘いを余儀なくされることになる。