パンデミックの大波かぶる観光業、世界遺産マチュピチュやクスコにもたらした問題
フアン・ユパンキ氏は、1年前に購入し、まだビニールにくるまれたままのマットレスの山をじっと見つめた。そして「これらが役に立つ日は来るのだろうか」と思わずつぶやいた。 ギャラリー:パンデミックにさいなまれる世界遺産クスコとマチュピチュの今 写真12点 マットレスが積まれているのは、ユパンキ氏が2020年、自分の農園に建てたわらぶき屋根のゲストハウスの中だ。彼のゲストハウスはペルー南東部、世界遺産の都市クスコからほど近いパタカンチャ村にある。小さな窓があり、素朴な家具が置かれたゲストハウスは、ユパンキ氏が家族で経営する体験型ツーリズムビジネスを、さらに盛り上げてくれるはずだった。でも、今はそれもかなわない。 客の数は、2019年になってようやく増え始めていた。ユパンキ氏はそれまで、何年もかけて施設を整えてきた。平均でひと月に5組ほどのグループがやってきて、アルパカの世話、村のトレードマークになっている赤いポンチョの織り方、地元の踊りなどを習いながら、1~2日ほど滞在していった。 2020年、ユパンキ氏はゲストハウスの改装を決めた。ところが3月、新型コロナウイルスの流行に対してペルーが厳しいロックダウンを実施すると、急ブレーキをかけたようにすべてが停止してしまった。その月に入っていたフランスと米国からの旅行者の予約はキャンセルとなり、それ以降、ゲストハウスは開店休業状態が続いているのだ。 パタカンチャのような、クスコ周辺の高地にある村では今も生活の基盤は農業だが、現金の流れを生み出すのは観光業だ。現在、観光客の足は途絶えている。ユパンキ氏をはじめ、マチュピチュ周辺地域の観光産業で働いていたたくさんの人々は今、ドルやユーロをもたらす海外からの観光客が戻ってくるまでに、どのくらいの期間、耐え忍べばいいのかに思いを巡らせている。
危機に瀕する観光産業
「観光はお金になりました。今は、食べるものはありますがお金がまったくありません」と、ユパンキ氏は言う。「日々心配は募るばかりです。こうした状態がいつ終わるのかわからないのですから」 ホームステイ型の観光業のほかに、パタカンチャの男性の多くは、マチュピチュへと続く古代の道であるインカトレイルを歩く冒険好きのハイカーたちのために、ポーターや料理人として働いて現金を得ていた。44歳のユパンキ氏も、この仕事を18年間続けてきた。村の女性たちはポンチョなど布製の工芸品を作り、地元の市場で売っていた。 ユパンキ氏らパタカンチャ村の人々は現在、パンデミックによる経済危機を、アルパカの毛糸や、チューニョという、ジャガイモを自然に凍結乾燥させた食品を業者に売ることでしのいでいる。 クスコの公営観光局長のエリアナ・ミランダ氏によると、観光業で職を得ていた人(ホテルの受付から道端の土産物売りまで)の92%が、クスコが2度目のロックダウンに入った20年8月以降、職を失ったという。 「過去にもさまざまな問題はありましたが、COVID-19ほど観光業に打撃を与えた例はありません」と、ミランダ氏は言う。 ペルー政府によると、同国における2020年の観光業の縮小は85%に達する見込みだという。世界旅行ツーリズム協議会は、2019年のペルーにおける観光の直接的・間接的な経済効果を約220億ドル(日本円で約2.3兆円)と試算しており、これはペルーの国内総生産の9.3%に相当する。 マチュピチュを訪れる観光客は2020年前半、72%減少した。12月、例年であれば海外からの観光客を中心に1日2500人が訪れるマチュピチュの遺跡に、やってきたのは1日500人ほどのペルー人観光客だった(政府は国内旅行を促すために、ペルー人のマチュピチュへの入場料を廃止した)。ちなみに2019年、この遺跡には年間で160万人の旅行者が訪れていた。