高校サッカー青森山田が“驚異飛び道具”ロングスローで4強進出。そのお家芸誕生秘話とは?
一発勝負のトーナメントではまず守備が重視される。ゆえにボランチの経験もあり、運動量も豊富で、自らを「周りを照らす蝋燭」と表現する澤田に白羽の矢が立てられたが、大抜擢の理由は黒子に徹する性格だけではなかった。得点源となるセットプレー、特にロングスローの担い手を黒田監督は探していた。 「若いころから多くの先輩たちから学んできました。特に亡くなられた鹿児島実業の松澤隆司先生からはリスタートの重要性と、最後はリスタートが明暗を分けることも勉強させられました。市立船橋もリスタートが強かった。選手権ではリスタートが重要視されると選手たちにも常々言ってきましたし、松澤先生も天国から『ほら、その通りだろう』と言われているような気がしますね」 青森山田のロングスロワーといえば、3年前の第94回大会で大旋風を巻き起こした原山海里(東京学芸大)が思い浮かぶ。郷家友太(ヴィッセル神戸)を介して、お家芸のバトンを受け取った澤田は「自分は3代目ロングスローブラザーズですね」と屈託なく笑う。 「1年生の夏、国体の事前合宿でたまたま投げてみたら、ニアポストくらいまで飛んで。自分は特徴のある選手ではないし、何かひとつ武器を作りたいと思っていたので、そこから原山さんや郷家さんの動画を何度も見て、助走とか投げた後の手の動きなどを勉強しました」 黒田監督も気に留める存在となった澤田だが、右ひざの痛みに長く悩まされ、昨年1月には手術に踏み切ったことで、Aチームへ引き上げるタイミングがなかなか訪れなかった。今大会でも大量得点で快勝した草津東(滋賀)との2回戦、大津(熊本)との3回戦ではロングスローを封印させている。 「いままでほとんど見せてこなかった分だけ、相手チームにはデータがない。いつかは澤田を使いたいと思っていましたけど、このタイミングでメンバーに入れることは覚悟と勇気も必要でしたけど、結果的に形になっているところを見れば、いまのところは奏功しているのかな、と」 笑顔を浮かべた黒田監督によれば、ロングスローを投げられるかどうかは「背筋力と柔軟性にかかってくる」という。毎年大勢が入部してくる部員のなかから特別に見つける作業は行わず、日々の練習のなかから自分の持ち味を出そうとしている選手を見逃さないように、コーチングスタッフの間で心がけている。 器械体操の経験者だった原山は背筋が強く、柔軟性も持ちあわせていた。試合前には野球のキャッチボールのように肩慣らしを行い、その相手を務めていた郷家にも適性があることを見抜いた。そして、澤田の場合は国体チームの関係者から情報をしっかり得ていたのだろう。 偶然にも自らの体に武器が搭載されていることを知った澤田は、群馬・高崎市内で離れて暮らす両親に感謝しながら、ロングスローの距離を伸ばし、精度を上げる作業をコツコツと積み重ねてきた。 「体が一番柔らかくなる風呂上がりにストレッチをしつつ、ストレッチポールを使って柔軟性を増すトレーニングをずっとしてきました。具体的には腰周りと肩甲骨周りをほぐしていく感じですね」 図らずも原山が注目を集めたが、黒田監督は十数年前からロングスローを含めたセットプレーを重視してきた。矢板中央の先制点もロングスローが起点となったように、手を使える分だけFKやCKよりもコントロールがつき、オフサイドもない飛び道具はライバル校も積極的に導入している。 「実は進路が決まっていないんです。Jリーグが希望なんですけど。この選手権で勝負ですね」 尚志(福島)との東北対決となる12日の準決勝。そして、2年ぶり2度目の頂点を目指す14日の決勝戦へ。舞台を埼玉スタジアムへ変えるクライマックスへ、青森山田のカギを握る存在となってきた澤田は「何度投げても大丈夫。またスタンドを沸かせたい」と、伝家の宝刀を抜くシーンを心待ちにしている。 (文責・藤江直人/スポーツライター)