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【私が野球を好きになった日3】ドラマーMOBY氏の野球原風景は1981年の後楽園

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Full-Count

5歳のMOBY少年に強烈な印象を与えた原辰徳のプロ初アーチ

 本来ならば大好きな野球にファンも選手も没頭しているはずだった。しかし、各カテゴリーで開幕の延期や大会の中止が相次ぎ、見られない日々が続く。Full-Countでは選手や文化人、タレントら野球を心から愛し、一日でも早く蔓延する新型コロナウイルス感染の事態の収束を願う方々を取材。野球愛、原点の思い出をファンの皆さんと共感してもらう企画をスタート。題して「私が野球を好きになった日」。第3回はファンクバンド「SCOOBIE DO」のドラマー、オカモト“MOBY”タクヤ氏だ。 【画像】巨人篠塚とレジー・スミスに憧れて…少年時代、左打ちだったオカモト“MOBY”タクヤ氏の秘蔵写真  音楽界きってのMLB通として知られるMOBY氏は、本業のバンドマンとして全国各地でライブ活動を行う傍ら、ラジオ番組「Full-Count presents NO BASEBALL, NO LIFE.」のMCや、Jスポーツ「MLBミュージック」のMCを務めるなど、「音楽」と「野球」を両輪とした日々を送る。見るだけではなく、時間が空けば草野球で汗を流す筋金入りの野球好きだ。  そんなMOBY氏に「野球を好きになった日」について聞くと、驚くほど鮮明な記憶を共有してくれた。 「僕は5歳になる1981年の4月くらいから野球の記憶があるんですよ。なんでかって言うと、その前の年に王貞治さんが引退して、81年に原辰徳さんが巨人に入団するじゃないですか。ユニホームも変わったその年、父に連れられて開幕第2戦を見に行っているんですよ。それが原さんのデビュー2戦目で、中日の小松辰雄さんからプロ初ホームランを打った。僕、その記憶があるんです。後楽園球場の三塁側スタンド2階から、原さんがホームランを打ったのを見たんですよ」  MOBY氏が持つ野球の原風景は、なんと記念すべき原辰徳プロ1号だったという。千葉県市川市で生まれ育ち、野球好きだった父と一緒に後楽園球場まで足繁く通った。「まだ持っているんですけど、マンガで書かれた王さんの伝記本を読んだり、父が買ってきてくれた月刊ジャイアンツを読んだり」と、ジャイアンツ愛は深まるばかり。「幼稚園のお絵かきも巨人のマークとかしか書いてないですよ。オレンジと黒で」と懐かしそうに笑う。  もう1つ、MOBY氏は巨人の歴史的な瞬間を見届けている。同じく1981年のことだ。 「確かシーズン当初は、中畑(清)さんがサードを守っていて、原さんがセカンドを守っていたんですけど、見に行った試合で中畑さんが怪我をしたんですよ。それで試合途中に原さんがサードに移って、篠塚(和典)さんがセカンドに入って。『これで収まった』みたいな瞬間も見たんです。当時はファーストが松原誠さんか山本功児さんだったんですけど、中畑さんが戻ってきてからは、ファースト中畑、セカンド篠塚、サード原、ショート河埜(和正)っていう形に固まるんですよ」  まさに歴史が動いた瞬間。1981年という年が、まだ幼稚園だったMOBY少年の脳裏に鮮明に焼き付けられたのも不思議ではない。当時はご多分に漏れず「HARA 8」と背中にある子供服を着ていたが、「今で言う“箱推し”。チームが好きでした。中畑さんも、篠塚さんも、駒田さんも好きでした」と振り返る。

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