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NYコロナ禍 ある看護師の壮絶体験

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Japan In-depth

【まとめ】

・キム・キヨコ氏、ニューヨークで新型コロナの患者を看護を経験。 ・アメリカでは看護師は医師と同等の地位がある職業。 ・日本で受けた看護教育が高いプロ意識を育んだ。

19年前の9月の朝。 私は、けたたましく鳴り響く電話で起こされた。 「なんでもいいからとにかくテレビを付つけてみろ!」 電話の相手の声は震えていた。 映し出されたのは猛々と黒煙が吹き出す高層ビルの映像。 今日は2020年9月11日。 空を見上げると強烈な記憶が蘇る。 攻撃があった直後に航空管制が敷かれたはずのニューヨークの上空を、ありえなくらいの爆音を轟かせながら飛行する2機の戦闘機。再攻撃か!?と通行人たちとともに路上にへたり込んだ。 この目で見た、まるでだるま落としのように垂直に地面に沈み込んでいく、7(セブン)ワールド・トレードセンター。

ニューヨークの現場では2700人以上の人たちが亡くなった。 亡くなった中には多くのファースト・レスポンダー(消防士、救命救急士、警察官など初期対応に当たる人たち)も含まれていた。命と引き換えに現場に向かった彼らは今でも「ヒーロー」と称賛されている。

あれから19年。 私の近くには、「今のヒーロー」がいる。 キム・キヨコさんはニューヨークのマウント・サイナイ・ウエストという大病院の脳外科ICU(集中治療室)で働く日本人看護師だ。東京出身。5月の下旬、知り合いのジャーナリストの取材に同行して知り合った。 キヨコさんがニューヨークに来たのは1996年。日本で看護学校卒業後、看護師として働き、渡米。米国の大学で勉強して資格を取得して以来、ずっとアメリカの医療の現場で働いている。

今年の3月15日。 脳外科勤務のキヨコさんであったが、ついに新型コロナの患者の対応に当たるよう、病院から通告された。入院患者の急増で覚悟はしていたが、やはりショックだった。この頃、ニューヨーク市内だけで1日あたり数百人が亡くなっていた。 コロナ患者に対応し始めて間もなく「コロナがなくなったら、一緒に飲みに行って写真撮ろうね」 とハグして約束した同僚が3日後に倒れ、その一週間後に亡くなった。 「亡くなったと聞いて、泣きながら仕事をしました。感染防止のゴーグルで、泣いてるのは誰も気がついていないと思うけど。そして私、感染してるかもしれない、死ぬのかな、と」

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