なぜ人類だけが特異的な「協調性」を手に入れられたのか…決定的な出来事は「自然環境の変化」だった
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 長谷川圭 高知大学卒業。ドイツ・イエナ大学修士課程修了(ドイツ語・英語の文法理論を専攻)。同大学講師を経て、翻訳家および日本語教師として独立。訳書に『10%起業』『邪悪に堕ちたGAFA』(以上、日経BP)、『GEのリーダーシップ』(光文社)、『ポール・ゲティの大富豪になる方法』(パンローリング)、『ラディカル・プロダクト・シンキング』(翔泳社)などがある。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第7回 『進化心理学が明らかにする“人類が現代社会で幸せになれない理由”…どうして私たちは過剰に砂糖を摂取してしまうのか』より続く
人間だけの「特別な」進化
モラルの歴史にとって重要なのは、過去の進化のどの特性が、人間の協調心を形成したのかという疑問だ。人間に、ほかでは見られないほど自発的で非常に柔軟な協力意欲が備わっているのは、なぜだろうか? 人間に特異的な進化―つまり、アメーバや両生類、あるいはほかの哺乳類では見られない人間だけの進化―にとって決定的な出来事は、極めて不安定な自然環境で起こった。当時は天気が予測できなかった、という意味ではない。人類の祖先が数世代にわたって急激な気候の変化に見舞われていた、という意味だ。 本来ならゆっくりとあるいはマイルドに、もしくはゆっくりかつマイルドに変わる気候が、一気に変わった。不安定な自然環境を生き抜くには、食糧、移動能力、住居の点で、それまで以上の柔軟性と可塑性が必要になる。柔軟性と可塑性があるから、私たちの祖先は体の形を変えることなく、新たな生活環境になじむことができた。 技術力を初めて手に入れたことで、厳しい自然にもよりよく対処できるようになり、新たな環境で生き残れた。加えて、気まぐれさを増しつつある環境では、リスクを共有するほうが有利だった。毎年、3~20ほどの小屋が嵐で吹き飛ばされるのはわかっているが、誰の小屋が不運に見舞われるかわからないのなら、社会にある種の安全保障システムを敷いて、集落のメンバーを運命の気まぐれから守るほうが何かと都合がいい。 大型の哺乳類の出現には、集団で狩りをすることで適応した。共同で狩りをする動物はほかにもたくさんいるが、人間ほど高い正確さと協調性を示す例はほかにない。そうこうするうちに、大型動物の肉を手に入れなければ生きていけないほど環境が厳しくなった。
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