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「声」も才能! 中森明菜と『のぼる小寺さん』工藤遥の共通点

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FRIDAY

吉田玲子(『映画けいおん!』『聲の形』)の名脚本 古厩智之監督が『飾りじゃないのよ涙は』を聴かせて工藤遥から引き出した「忘れない声」 傑作の裏側を考察〔人気ライターCDB〕

自分が何者であるかを象徴する代表作に、最初の主演映画でいきなり巡り合ってしまう幸運な俳優が世の中には何人かいる。 【画像】工藤遥&伊藤健太郎 『のぼる小寺さん』魅力満載フォトギャラリー 広瀬すずが天才スポーツ少女を演じた『ちはやふる』、松岡茉優がこじらせた内向的女子を演じた『勝手にふるえてろ』は、いずれも本人たちの演技の特質、役者としての魅力を最も観客に鮮明にプレゼンテーションできる作品だった。もちろん、紆余曲折や試行錯誤の末にようやく「当たり役」に出会う俳優たちの方が世の中にはずっと多い。 『のぼる小寺さん』が映画初主演作となった工藤遥は、たぶんその幸運な前者のグループに数えられることになるのだろう。 映画がテーマにするボルダリングは、壁や山の突起を登る競技。2020年に東京五輪に加わるはずだったこの競技は、五輪の延期によってタイアップ的にはいささかタイミングを外してしまったかもしれない。 東京で感染が増え続ける中、映画館の客足も鈍く、また座席も半数しか販売できない状況下で商業的にヒットしてるとも言い難い。だがそれでも、これほど静かで美しく、そして自分の資質を引き出す映画に初主演作で巡り合った工藤遥は、やはり映画に愛されているのだと思う。 ◆主演・工藤遥の資質をもとに創られたような人物造形 本作は、漫画家・珈琲氏による人気同名漫画の実写化作品。無気力で不完全燃焼な青春を送る少年(※伊藤健太郎が『惡の華』に続いて、本人の外見とはおよそ正反対の陰鬱な役柄を巧みに演じている)が、ボルダリング部で懸命に壁を登る「小寺さん」を遠くから眺めるうちに惹きつけられ、やがて自分の中にもある情熱に気づいていくという普遍的なテーマを描いている。だがシンプルでありながら、映画は息を飲むほど繊細で清新だ。 古厩智之(ふるまやともゆき)監督の演出は、漫画原作の映画化の定番であるポップなBGMやアップテンポのスピード感をあえて捨て、今年亡くなった大林宣彦監督へのオマージュを思わせるように静かでゆるやかな、そして深い構成を採用している。 脚本は吉田玲子。この名前を聞いただけで、映画館に足を運んだ観客も多くいたはずだ。『映画けいおん!』(2011年)『劇場版ガールズ&パンツァー』(2015年)そして『聲の形』(2016年)の脚本を手掛け、アニメファンから絶大な信頼を集める気鋭の脚本家である。 漫画原作を実写映画にするにあたって、吉田玲子の脚本は目立たない部分で大きく本質的な変更を加えている。 原作にある「小寺さん」の外見に対する描写、つまり周囲の人間が「可愛い」と振り向いたり「アイドルのようだ」と称賛するシーンを、実写映画版はほとんどカットしているのだ。 もちろん工藤遥はモーニング娘。という有名アイドルグループで多くのファンをひきつけてきた可憐なルックスなのだが 、映画の中で小寺さんはあくまで平凡でクラスに埋没する、性格的に少し変わった少女として描かれる。 また能力においても、漫画原作は「小寺さん」という少女を抜きんでた天才、スター的存在として描くのだが、吉田玲子脚本による実写映画版は小寺さんが何度も壁から落ちて失敗する場面を描写し、そこからまた挑戦する姿を描く。 漫画原作版の小寺さんが少年の目によってある種の偶像化がされた象徴的キャラクターであるのに対して、実写映画版はクラスの中でも平均より小柄で特に男勝りの腕力があるわけでもない、よりリアルな人間としての小寺さんを描いている。 古厩監督の演出もその脚本の意図を正しく汲んだ繊細なものだ。漫画原作版の小寺さんが超然としたポーカーフェイスであるのに対し、工藤遥が演じる実写映画版の小寺さんの表情には迷いや怯みが時に浮かぶ。それは勇気を描くためである。不安や恐怖を描かなければ、それを乗り越える勇気を描くこともできないからだ。 吉田玲子脚本と古厩智之監督の演出は、小寺さんというキャラクターの本質を才能や能力ではなく「勇気」においている。そしてもちろん、閉塞から踏み出す勇気こそが本作のテーマなのである。この映画が描くのは小寺さんの能力や才能への「憧れ」ではなく、非力で平凡な小寺さんが壁を上ろうとする勇気への「尊敬」なのだ。 もう何年も前から、『桐島、部活やめるってよ』(2012年)『町田くんの世界』(2019年)はじめ、多くの作品の中で若い世代のクリエイターたちがスクールカーストとサブカルチャーのミームに分断された子供たちの閉塞とそこからの脱出を描いてきた。この映画もそれに連なるが、優れた脚本・演出の手腕によって、その中でもひときわ輝く一作となっている。 工藤遥の演技は、その脚本と演出に見事に応えている。というよりも、工藤遥という主演女優の資質をもとに映画のコンセプトが設計されたのではないかと思うほど、実写映画版「小寺さん」の人物造形は鮮やかに成功しているのだ。

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