Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

今日は何の日:8月7日

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
nippon.com

初の宇宙飛行士3人選抜

1985(昭和60)年 宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構、JAXA)が、米国航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルに搭乗する候補者3人を発表した。3人はいずれもスペースシャトルに滞在し、さまざまな実験や作業を行う科学技術者。日本人で初めて宇宙飛行士に選ばれたのは北海道大工学部助教授の毛利衛氏、慶応大医学部助手で心臓外科医の内藤千秋氏(結婚後向井姓に)、NASA研究員の土井隆雄氏。3氏とも、これまでの職業を離れ、「搭乗科学技術者」として多様な分野で研鑽(けんさん)を積み、宇宙での活動に必要な訓練を受ける長い助走期間に入った。搭乗第1号は毛利氏で92(平成4)年9月に宇宙に飛び立った。94(同6)年に向井氏、97(同9)年には土井氏も宇宙飛行士となった。

伊能図完成、幕府に献納

1821年(文政4年7月10日) 伊能忠敬(1745~1818)らによって作られた日本地図「大日本沿海輿地全図」が江戸幕府に献上された。伊能は家業の酒造業を後継ぎに譲り隠居後の1800(寛政12)年に日本地図作成のため、測量の旅に出た。幕府がその努力に報いるため、幕臣に取り立て資金も提供。伊能は地図の各地を測量しては江戸に戻り地図を作るという生活を続けたが、志半ばで病に倒れた。門人がその後を継ぎ、完成した地図を幕府に献納。その際に、門人は伊能の偉業を後世に伝えるため、死を秘匿したといわれる。

国産ジェット、試験飛行1回で終戦

1945(昭和20)年 日本海軍が開発した日本初の国産ジェット戦闘機「橘花」が終戦間際のこの日、初飛行に挑戦した。ドイツのジェット機メッサーシュミットを参考に開発。当時、戦況は悪化し、資材も不足するなかで数々の困難を乗り越えて試作1号機を完成させ、11分間の試験飛行に成功した。しかし、11日の第2回の試験飛行で離陸に失敗し、機体が大破。ただ1回の飛行で、ジェット機開発の夢は敗戦とともに断たれた。

北海道の有珠山が噴火

1977(昭和52)年 北海道の南西部、洞爺湖の南に位置する有珠山が午前9時すぎに山頂で噴火した。噴煙は上空約1万2000メートルに達し、札幌市でも灰が降った。新しい溶岩ドーム「有珠新山」が生まれた。8月14日まで大きな軽石噴火を含む十数回の噴火が断続的に発生。一連の噴火により住家は8棟が埋没、半壊4棟、一部破損370棟。農耕地も灰に埋もれ、農業経営にも打撃を与えた。78年10月27日まで噴火活動が繰り返された。

【関連記事】