デジタル資産の「NFT」という、“所有できる幻覚”の価値
先週末、わたしはあるネットオークションの様子を見守りながら、奇妙な数分間を過ごした。ふたりの入札者が数ビットのファイルを求めて、とことん争っていたのである。 「ブロックチェーン的」な世界を、アートから切り拓く ふたりが欲しがったファイルは、エレクトロニックDJの3LAU(本名がジャスティン・ブラウなので「ブラウ」と発音する)のオリジナル曲にアクセスできるキーだった。入札額が数百万ドルに跳ね上がる様子を、わたしのほかにも数千人の人々が見守っていた。そして高値で入札されるたびに、オークションは3分ずつ延長されていった。 最終的に競り落とした入札者は、3LAUの言葉を借りれば「トークン化された初めてのアルバム」に対し、366万6,666ドル(約4億円)または同額のEthereumを支払った(実際どちらだったのかは不明だ)。いずれはほかの人々も無料で聴けるようになるかもしれないが、いまは「入札者65」が、ただひとりこの曲にアクセスできる。 このオークションに限らず、いまノンファンジブル・トークン(NFT)が大躍進している。NFTは音楽や文章、動画、ヴィジュアルアートといったデジタル作品と所有者を固有に結びつける認証コードのようなものだ。たとえコピー版が無料で出回っている場合でも、あるデジタル作品に関して自分だけの認証されたヴァージョンを所有できる。 NBAのスター選手のダンクシュートやブロックの動画は誰でも観ることができるが、いまNBAは認証済みの12秒の動画のNFTヴァージョンを数十万ドルで販売している。バスケットボールのハイライト映像をただ観るよりも、所有できたほうが満足できるというわけだ。 このほかNFTの世界では、認証済みのミームアートに数百万ドルが費やされている。なかでも、ある荒削りな感じもする猫のアニメーションには50万ドル(約5,400万円)近くが支払われた。
NFTで盛り上がるアート市場
アート市場もまた、NFTに夢中になっている。オークション大手のクリスティーズは、ビープル(Beeple)のデジタル作品をオークションにかけている。ビープルは、まるでルシアン・フロイドがポケモンのためにデザインしたような作品を制作しているアーティストだ(本名をマイク・ウィンケルマンというビープル自身、自分の作品は「アートのごみ」であると形容している)。 最近はビープルのある作品が、660万ドル(約7億1,500万円)で転売された。クリスティーズのオークションは2月25日に始まり、最低入札額は100ドル(約10,800円)だった。わたしが本稿を書いている時点では3月11日の締め切りまでまだ少しあるが、入札額は350万ドル(約3億8,000万円)となっている[編註:3月8日の時点では375万ドル=約4億円]。まさに「ビープル狂騒曲」だ。 NFTは突然現れてニュースをにぎわしているように見えるかもしれないが、昨今のブームが起きることは1975年から決定づけられていたといえる。75年はホイットフィールド・ディフィーとマーティン・ヘルマンというふたりのコンピューター科学者が公開鍵の突破口を開いた年だ。それにより現代暗号理論がもたらされ、オンラインの世界でセキュリティとプライヴァシーが確保できるようになった。 彼らの発見はまた、科学者がクリエイティヴなツールとして暗号理論を使用する道を開いた。科学者が現実世界の慣習と制度を、新たに急成長し始めたデジタル世界へと巧みに移し替えるためのツールだ。このようなイノヴェイションを起こした人物のひとりが暗号学者のデイヴィッド・チャウムであり、チャウムのアイデアがデジタル通貨を可能にした。