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【ブックハンティング】欧州で急成長「ポピュリズム」の本質を知る

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 どう考えても、経済的に大損失になる欧州連合(EU)からの離脱に踏み切る国はない、というのが長年の私の考えだった。  私が欧州に新聞社の特派員として駐在したのは2002年春から2006年の秋まで。ユーロの紙幣と貨幣が導入された直後で、EUが東欧へと広がっていく熱狂の真っ只中にいた。国境は日本の県境のように、物理的には姿を消し、巨大統一市場の誕生に沸いた。それから15年、まさか本当にEUから離脱する国が出てくるとは思わなかった。 ■「ブレグジット」こそ象徴  本書『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか』(NHK出版新書)の著者である熊谷徹さんは、NHKの記者を経て、1990年に早々とフリージャーナリストに転じた人だ。以来30年にわたってドイツ・ミュンヘンに住み、取材・執筆活動を続けている。  ドイツ国民のムードの変化を敏感に感じ記事や本を書く、日本語での発信者としては極めて貴重な存在である。その熊谷さんが、欧州に「分裂の危機」が迫っているというのだから、読まないわけにはいかない。  熊谷さんが注目するのは、世界各地で同時多発的に出現している右派ポピュリストの政治家だ。彼らは「経済競争とグローバルに取り残された市民の不安」を利用し、「ポピュリズム革命」を推し進めている、と熊谷さんはみる。そして、欧州でもポピュリストが、「欧州の戦後レジーム」ともいえる、人権重視や差別の禁止など、欧州が守ってきた「価値」を破壊しつつあるというのだ。  その象徴こそが英国のEUからの離脱、すなわち「ブレグジット」だというのである。  英国は2020年1月31日深夜に、EUを離脱した。本書の第1部の冒頭では、英国をブレグジットに導いたポピュリスト2人を取り上げている。  1人は、「ブレグジット党」のナイジェル・ファラージ党首。ファラージは2006~09年と2010~16年まで「英国独立党(UKIP) 」の党首を務めた。2010年に首相になったデイビット・キャメロンは当初、UKIPを過激な右派泡沫政党とみなし、ファラージを歯牙にも掛けなかった。  ところがその後、「英国の国家主権をEUから取り戻す」と主張するファラージUKIPは急速に支持を集めて、選挙で躍進する。2010年の下院選挙で得票率わずか3.1%だったUKIPは、2015年下院選挙では一気に12.6%にまで上昇した。キャメロンは追い込まれ、国民投票を約束するという「失策」を犯した。  〈離脱派ポピュリストたちのキャンペーンの特徴の一つは、デマや誇張した情報を流布し、自分たちの目的にとって都合が悪い情報を隠すことによって票を集めたことだ〉  〈ポピュリストは、目標の達成に都合の良い偽情報を流布し、それが事実かどうかは気にしない〉  と熊谷さんは書く。  それを地で行ったのが、もう1人の立役者、ボリス・ジョンソンだという。現在の英首相である。 ■〈人心を操作しようとする試み〉  ジョンソンは、  〈英国は毎週三億五〇〇〇万ポンド(四九〇億円)の金をEUに払っている。EUを離脱すればこの金を国民保健サービス(NHS) に回すことができる〉  と主張した。実際にはこの話は真っ赤な嘘。EUに対する支払いは実際よりも少額なうえ、EUから農業補助金などを受け取っていた。また離脱をすれば、過去に約束した多額の資金拠出の実行も迫られる。そんな巨額の金をNHSに回せるわけではない。  だが、日本の国民健康保険に相当し、巨額の赤字に苦しんでいたNHSが、EU離脱で救われるという話を多くの英国民が信じたという。医療は国民にとって身近な問題だ。それとEU離脱を巧妙に結びつけたのである。  2016年に実施された国民投票では、大方の予想を覆し、ブレグジット賛成票が51.9%と多数を占めた。  9つあるイングランドのリージョン(地方自治体)の中でも、「日産自動車」のサンダーランド工場などがある「ノース・イースト(北東部)」は、EUへの貿易依存度が最も高い地域だ。にもかかわらず、国民投票では58.0%が離脱賛成に回った。本来ならば離脱によって自分たちの仕事がなくなり、経済的に困窮するという見方を持つべき地域でも、ポピュリストの大きな声を信じる人たちが多かったのだ。  というのも、ファラージやジョンソンたち離脱派は、市民の外国人に対する不安感を煽ったからだ。外国人が増え続ければ、あなたの仕事を奪うことになる。それを避けるにはEUから離脱して国境管理を英国が取り戻す必要がある、というわけである。  国民投票前の大型ポスターには、アラブ風の容貌の外国人が長蛇の列を作っている写真が使用された。ファラージらの意図を熊谷さんは、こう解説している。 〈ブレグジットに賛成する市民の票数を増やすために、労働移民とは全く関係のない難民の写真を使ったのだ。誤った映像情報によって、人心を操作しようとする試みである〉 ■メルケルが「狩りの標的」  後半の第2部で語られる熊谷さんが住むドイツでは、この難民問題がポピュリストの躍進を生んだ。  それは、2013年に設立された右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、2017年の連邦議会選挙で12.6%の票を得て、初議席を獲得したことに始まる。  過激な発言で知られる共同党首のアレクサンダー・ガウラント(当時)は、  〈「我々はメルケルを狩り立てる。(中略)この国を民衆の手に取り戻し、庶民にとって切実なテーマを連邦議会で取り上げる」と述べた〉  アンゲラ・メルケル独首相はシリアなどからの難民に寛容な政策を取り、膨大な数の外国人をドイツ社会に受け入れた。そのメルケルが「狩りの標的」というわけだ。  AfDは過激な人種差別発言を繰り返し行っている。ドイツ人と外国人の間に生まれた人を攻撃し、帰化してドイツ人になった人を「パスポート・ドイツ人」と呼んで差別する。彼らは、  〈ドイツ人の両親から生まれた「ビオ・ドイツ人」だけを真のドイツ人と見なす〉  これは、ナチスの純血主義を彷彿とさせる。  AfDは既存の政党だけでなく、メディアも攻撃する。ガウラントは2018年の新聞のインタビューで、こう述べたという。 〈「(前略)我々はメルケルを追放する。それだけではなく、キリスト教民主同盟(CDU) でメルケルの政策を継続しようとしている人々、メルケルの政策を支援するメディア関係者を、現在の地位から追放しなくてはならない」〉 ■日本に伝播させないためにも……  また、熊谷さんは、  〈AfDの躍進は、難民危機なしには考えられない〉  と言っている。メルケル首相がほぼ独断で、当時急増していた難民受け入れを決め、2015~16年の2年間で122万を超える外国人が亡命申請した。そのため、ドイツ各地の町や村で、外国人が一気に増えた。  〈二〇一五年にメルケルが取った難民政策に対する市民の強い不満が、泡沫政党AfDを、二年後の総選挙で一挙に第三党の地位に押し上げたのだ〉  AfDはメディアをしばしば「嘘つき報道機関」と呼ぶ。彼らは、  〈「メディアは、政府に忖度して難民受け入れを前向きに報道する一方で、難民による犯罪は矮小化している」と主張した〉  ちなみに、「嘘つき報道機関」という言葉は、1930年代にナチスの宣伝相だったヨーゼフ・ゲッベルスが使った言葉だという。  難民による犯罪が起きると、逆に外国人を襲うネオナチなどの犯罪が増えた。また、ユダヤ人への嫌がらせなど、ドイツでは戦後一貫してタブーだったものが、いとも簡単に復活している。  ドイツに30年住む熊谷さんも、これまで経験したことのない「治安の悪化」を感じているそうだ。  EUの構想は、第2次世界大戦後、欧州が再び戦禍に苦しむことがないよう、2度と戦争は起こさないという強い決意から生まれた。  私がドイツのフランクフルトに駐在していた時、ドイツ人家族と一緒にフランスへ旅行をしたことがある。その時、私と同年齢(今年58歳)のプライベート・バンカーが、  「私の祖父からは、フランスとの戦争の時、この辺りで捕虜になり、まるで犬のように扱われる捕虜生活を送ったと、何度も聞かされました」  と語っていたことが、今も思い起こされる。  ドイツとフランスが敵として憎しみ合ったのは「歴史」ではなく、「記憶」だった。だからこそ、同じ過ちを2度と繰り返さないという決意が脈々と生き続け、EUは崩壊しないと考えたのだ。  だが、どうやらポピュリストたちは、その「記憶」を再び「嫉妬」や「弱者である外国人への攻撃」に転化し、庶民をかりたてようとしているようだ。  本書を読みながら、現在、欧州で多数の死者が増え続けている新型コロナウイルスの感染拡大が、EUにどんな影響を与えるか考え続けた。  危機に直面して連帯を強める方向へ動くのか。それとも、分断を加速することになるのか――。  何としても後者に突き進むことだけは避けなければならない。欧州で成長する不気味なポピュリズムを知り、日本に伝播させないためにも、必読の1冊である。  

磯山友幸

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