箱根は陸上界にとって悪か善か
昨年のアジア大会男子マラソンで銀メダルを獲得した松村康平(三菱重工長崎)は山梨学院大で、同じく銅メダルの川内優輝(埼玉県庁)も学連選抜で、箱根駅伝に2度出場している。ふたりとも学生時代はトップクラスの活躍はできなかったが、箱根を経験して、社会人でさらに力をつけた。箱根人気があって、実業団駅伝もあるからこそ、多くの企業が陸上部員を雇っているという意味では、箱根は間違いなく「善」だろう。 学生で1万m、29分を切る選手は20年前には10人ほどしかいなかったが、現在は80人近くもいる。箱根駅伝の優勝タイムも、この10年間で13分以上も短縮。現状からいうと、箱根は長距離界の底上げにかなり役立っている。 その反面、日本の長距離界のレベルは頭打ちだ。突き抜ける選手が現れず、世界との差は広がっている。この“差”を箱根で活躍してチヤホヤされた選手たちが気にしていないとしたら、箱根駅伝の存在は「悪」といえるだろう。 1万mは世界トップクラスから1分以上も引き離され、世界大会での「メダル」は絶望的な状況だ。マラソンも世界トップクラスと4分近い実力差がある。しかし、マラソンでは夏に開催される世界大会で「入賞」を重ねており、まだまだ戦えるチャンスはある。特に2020年の東京五輪が決定して以来、学生ランナーのモチベーションは高い。今年のニューイヤー駅伝も、昨年、箱根を沸かせた大卒ルーキーたちの快走が話題になった。 今回、箱根2区で区間賞を獲得した3年生の服部勇馬(東洋大)は、東京五輪を見据えた取り組みとして、2月の東京マラソンを予定している。「いまは箱根の前にマラソンをやるなんて許されない」と瀬古利彦が言うほど、箱根駅伝は偏重されている。だが、かつて瀬古がやったように、服部は来季、12月の福岡マラソンに出場して、箱根を目指すプランも考えているという。時代は変わりつつあるのかもしれない。 箱根駅伝を主催する関東学連の青葉昌幸会長は「箱根駅伝と2020年東京五輪はセットで考えないといけない」と話しており、現在の22~23歳の選手たちは、27~28歳で迎える地元五輪を“最終目標”にしているケースが多い。「箱根から世界へ」という言葉が、東京五輪で現実になるのか。そこで箱根駅伝の善・悪が明らかになるような気がする。 (文責・酒井政人/スポーツライター)