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専業主婦・駐在妻からの再就職に学ぶ、先の見えない時代を楽しむヒントって?【薄井シンシアさん対談レポ】

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集英社ハピプラニュース

結婚、夫の海外転勤をきっかけに専業主婦に

英語が好きで国際的な仕事に興味があり、またご自身の経験から留学をサポートするような仕事に就きたいという思いを持っていたミチエさん。卒業後は学習塾、留学生派遣団体、マー ケティングリサーチ会社に勤務。それぞれの場所で、組織の在り方や、毎日深夜に及ぶような働き方などに対して迷うことも多かったことから数回の転職を経験し結果的に様々なお仕事に携わることになりましたが、特に2社目では実際に高校生~社会人の留学に携わり、人の成長に立ち会えるお仕事に対してやりがいを感じていました。 そして結婚された旦那様の北京転勤を機にお仕事は退職され、半年間の北京生活から帰国後に妊娠、出産。日本で第一子を子育てする中で最初に「あれっ?」と思ったのが、周りのママがどんどん復職していく様子を見た時だったそう。 「児童館などで出会って仲良くなり、お互いの家を行き来し一緒に親子で遊んでいたママ友がだんだん復職し、ひとりふたりと減って行く。でもうちの夫は商社勤務で、いつまた転勤があるかわからない。会社内では『幼稚園の制服を買ってしまったのに急に転勤が決まった』みたいな話をよく耳にする中、娘を幼稚園に入れる段階になっても『うちはどうなるんだろう…』と先が見えず、とても私が仕事を探すような状況ではありませんでした」

「いつ居場所を奪われるかわからない」駐妻ならではの不安との戦い

そして赴任が決まった上海では、精力的にボランティア活動をするなど日々とても充実していたそうですが、2年後に今度はシンガポールへの転勤が決まります。 もともと3~5年は上海と言われていたため、顔が半分動かなくなる顔面神経麻痺になってしまうほど、非常にショックを受けたそう。 「どうしてそんなふうに突然自分の人生が変えられてしまうのだろうと、とにかく急に動くこと自体がショックでした。今思うと、これまで自分が懸命に形作ってきた居場所を奪われてしまうようで悲しかったのだと思います。」 シンガポールでは最初の半年間くらいは全てにやる気が出ず「上海に帰りたい、もうここでは友達ができなくてもいい…」とまで思いつめていたそうですが、少しずつ繋がりが生まれ友人ができ、色々な場所に出かけるようになり徐々に気持ちが上向きに。中国にいた時から習いたかったお琴を始めたり語学の勉強を再開したりして、再び毎日の暮らしが楽しくなっていったといいますが、トータル3年過ごしたところで日本への帰国が決まります。 「また居場所が奪われてしまった感覚があり、日本に帰ったものの次にいつ海外転勤があるかわからない状況。『私の人生、夫についていくだけなの?子どものお世話だけで終わっちゃうの?子育てと転勤が終わったときには、もう仕事するなんて無理じゃないの?』と、自分がこれからどんな働き方、生き方をしていきたいのか毎日悩んでいました。」

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