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心臓が止まるかと思ったツイート 車いすユーザーが考える「強さ」 明るい話題を優生思想にしないために

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やせっぽちの背中を思い出す

翌日、教室でただひとりジャージ姿の私は、その機会をうかがってばかりいた。だが話す機会はいくらでもあったのにからだが動かなかった。ようやく話しかけられたのは昼休みも終わる頃だった。 「昨日は、その、どうも」 頭だけ小さく下げた。ありがとう、が本当に出てこない。自分の頬を殴りたくなった。 彼女は、かすかに微笑んだ。 ほどなく夏休みがきた。うだる暑さのなか、彼女と、あの日のできごとばかりを考えていた。小柄でやせっぽちな姿。床の尿を雑巾で拭う手。「大丈夫?」喧噪に溶けた小声。細く小さな背中。かすかな頬笑み。最終日の夜はろくに眠れなかった。 なぜ今になってもこんな詳細に覚えているのか。それは夏休みが終わって新学期が始まった時、彼女が思いがけないことになっていたからだろう。

新学期、消えていた彼女の姿

新学期初日。いつもよりはやく車いすをこぎながら教室に入った。え? と声が漏れた。 彼女の姿が、なかったのだ。 からっぽの彼女の机を何度も振り返っているうちホームルームが始まった。そして担任から連絡がなされた。 彼女が、学校をやめた、と。 放課後、私は職員室に向かい、担任に事情をたずねた。「もう来られなくなったんだ、ちょっといろいろあってな」その後もなんどか質問をしたがはぐらかされて終わってしまった。なぜかあまり話したくない様子がうかがえた。 職員室を後にすると、一階奥にある理科室に入った。幸い誰もいなかった。 どうして、やめちまったんだよ。 ごめんね、を言いたかったのに。 ありがとう、を伝えたかったのに。 ひんやりした理科室のすみで、唇をかみしめた。 三月、卒業式をむかえた。卒業証書やその他の荷物を抱えて感極まる母に、私は「ありがとう」とつぶやいた。高校生活で母に礼を言ったのは、これが最初で最後だった。 卒業後ほどなく、送られてきた同窓生名簿を何度も開いた。中退した彼女の名前があるはずもないのに。インターネットが普及してからは、おりにふれて彼女の名前を検索した。同姓同名の名はいくつか出てくるが、いずれも彼女と思しきものではなかった。 彼女がどこでなにをしているのか。今もずっとわからないままだ……。

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