連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年11月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。 【画像】紹介された各作品の書影 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は十一月刊の作品から。 ▪️若林踏の一冊:佐々木譲『秋葉断層』(文藝春秋) 未解決事案の捜査を描きながら、東京の失われた風景を浮かび上がらせる〈特命捜査対策室〉シリーズの第3作だ。1990年代に一般家庭へのパソコン普及によって劇的な変貌を遂げた秋葉原の歴史を鮮やかに蘇らせつつ、新事実が判明するたびに捜査の局面が大きく変わるプロット、僅かなニュアンスの違いや矛盾を鋭く突いて相手の証言を引き出す主人公・水戸部の迫力ある造形、やる気のない年上部下との関係性の変化を追うバディものの要素などなど、警察小説に必要なものは全て詰め込んだと言わんばかりの充実した物語で楽しませてくれる。 ▪️橋本輝幸の一冊:古泉迦十『崑崙奴』(星海社FICTIONS) デビュー作『火蛾』以来、沈黙していた著者の待望の第二長編は、唐の都・長安で繰り広げられる歴史冒険ミステリだ。都市や人間がつまびらかに描写される一方、読者の心を謎につぐ謎でつかんで離さない。 主人公・裴景は、友人の崔静に仕える下男にせがまれ、近ごろ家を空けてばかりの彼を探る。調査を始めてまもなく、都では腹を切られて臓腑を抜かれた怪死体が立て続けに見つかった。裴景は賊曹(警察)の知人、兜と共に事件の関連性を追う。伝奇あり活劇ありの娯楽大作で徹頭徹尾、唐代にひたらせてくれる。待った甲斐があった! ▪️梅原いずみの一冊:矢樹純『撮ってはいけない家』(講談社) 11月は矢樹純がホラー小説を2冊刊行した。短編集『血腐れ』と、とある旧家が舞台の長編『撮ってはいけない家』。二作ともミステリの手法を巧みに用いたホラーで、後者は映像制作会社で働く主人公たちが撮影のために訪れた家で奇妙な出来事に遭遇する話だ。2階へ上がれない蔵、半紙に記された謎の記号、位牌に並ぶ少年の名前、アルバム写真の違和感など、物語は不気味な気配を漂わせたまま進み、終盤には点と点が線となって読者を恐怖の底に引き摺り込む。伏線が回収されるゆえの恐怖である。読み終わった後は表紙とカバーにも注目を……。 ※突然ですが、今回からペンネームとして梅原いずみを名乗ることにいたしました。中の人は野村ななみと同一人物です。 ▪️千街晶之の一冊:古泉迦十『崑崙奴』(星海社FICTIONS) 十一月は稀に見る豊作で、他の月に出ていたら月間ベストに推したかった作品が複数あったけれども、最後の最後に刊行された古泉迦十『崑崙奴』がすべてを攫っていった印象である。舞台は唐時代の中国。友人の奇行について相談を受けた科挙浪人生の裴景は、いつしか帝都・長安を騒がす連続殺人事件の渦中に巻き込まれてゆく。難解な固有名詞を大量に鏤めながら驚くほど読みやすい文章、波瀾万丈のエンタテインメントとしての完成度、そして本格ミステリとしてのユニークな解決。『火蛾』から二十四年、待ちに待っただけのことはある傑作だ。 ▪️藤田香織の一冊:柳広司『パンとペンの事件簿』(幻冬舎) 「文は、売るものではないと思います」。視察に訪れた工場主に待遇の改善を求めようとしたところ、痛めつけられた“ぼく”。目を覚ますと、そこは銀座にある「売文社」の事務所だった。慶弔文や手紙の代筆、談話演説の速記写字。出版印刷代理に各種原稿、新聞雑誌の記事の立案添削、外国語の翻訳まで、文章に関する依頼なら何でも引き受け、「ペンを以てパンを求める」売文社は、社会主義者の巣窟でもあった。持ち込まれる謎と事件を、「売文社一味」が解決に動く姿を目の当たりにし、社会を、世界を知っていく“ぼく”の姿が読ませる。しみじみ巧い! ▪️酒井貞道の一冊:久住四季『神様の次くらいに』(創元推理文庫) 《日常の謎》にも色々あるが、ほぼノンシリーズの本短篇集は最もオーソドックスな形態をとる。もちろん人は死なない。悪意や狂気は渦巻かない。運命・宿業の影は薄い。話が終われば登場人物はきっちり日常に帰還していく。でも何かはちょっと変わる。お洒落。一方で、申し訳程度の推理要素を煮え切らないライトな普通小説に添えた、なんちゃってミステリとはかけ離れており、丁寧に誂えらえた魅力的なバリエーション豊かな謎を、がっつり本格的に謎解きしていくのである。ギャグも随所で決まり、読み味は軽快。こういうの意外と希少よ。 ▪️杉江松恋の一冊:矢樹純『血腐れ』(新潮文庫) 自分で解説を書いているのだが、これを挙げるしかない。不快と恐怖という題材が共通した連作短篇集で、用いられている技巧・プロットが各篇で異なり、読み味がまったく重ならない点に感心させられた。作者は生理感覚に訴えかけてくる描写を得意としていたので、いつかはこうしたホラーとミステリーの興趣を兼ね備えた作品を書くだろうという予感があったが、こちらの期待を遥かに上回る良作になった。読んでいるとぞわりぞわりと背筋をくすぐるものがあり、それが最後に驚きとなって心を鷲掴んでくる。ここまで上手い短篇作家になったか。 ▪️リアルサウンド認定2024年度ミステリーベスト10選定のお知らせ 警察小説のシリーズ最新刊にデビュー作から二十四年ぶりの第二長篇、一人の作家がホラー趣味を前面に出した作品を二冊、過去に題材を採ったものと日常の謎の連作集と、バラエティに富んだ顔ぶれとなりました。これにて今年の更新はおしまいですが、年末には恒例の、リアルサウンド認定国内・翻訳ミステリーベスト10選定会議もあります。選者は、国内編が千街晶之・若林踏・杉江松恋、翻訳篇が川出正樹・酒井貞道・杉江松恋です。以下に候補作を挙げておきますので、どうぞご期待ください。年末年始にかけて結果は公開されます。 【国内編】作品名五十音順 『明智恭介の奔走』今村昌弘(東京創元社) 『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』南海遊(星海社FICTIONS) 『了巷説百物語』京極夏彦(KADOKAWA) 『彼女が探偵でなければ』逸木裕(KADOKAWA) 『虚史のリズム』奥泉光(集英社) 『地雷グリコ』青崎有吾(KADOKAWA) 『それは令和のことでした、』歌野晶午(祥伝社) 『探偵は御簾の中 同じ心にあらずとも』汀こるもの(講談社タイガ) 『日本扇の謎』有栖川有栖(講談社) 『バーニング・ダンサー』阿津川辰海(KADOKAWA) 『伯爵と三つの棺』潮谷験(講談社) 『春のたましい 神祓いの記』黒木あるじ(光文社) 『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫) 『ぼくは化け物きみは怪物』白井智之(光文社) 『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』斜線堂有紀(双葉社) 『密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック』鴨崎暖炉(宝島社文庫) 『乱歩殺人事件 「悪霊」ふたたび』芦辺拓・江戸川乱歩(KADOKAWA) 『六色の蛹』櫻田智也(東京創元社) 【翻訳篇】作品名五十音順 『悪なき殺人』コラン・ニエル/田中裕子訳(新潮文庫) 『エイレングラフ弁護士の事件簿』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳(文春文庫) 『グッド・バッド・ガール』アリス・フィーニー/越智睦(創元推理文庫) 『死はすぐそばに』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫) 『白薔薇殺人事件』クリスティン・ペリン/上條ひろみ訳(創元推理文庫) 『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク/鍛冶靖子訳(東京創元社) 『大仏ホテルの幽霊』カン・ファギル/小山内園子訳(白水社) 『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳(新潮文庫) 『終の市』ドン・ウィンズロウ/田口俊樹訳(ハーパーBOOKS) 『テラ・アルタの憎悪』ハビエル・セルカス/白川貴子訳(ハヤカワ・ミステリ) 『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング/白石朗訳(文藝春秋) 『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』ベンジャミン・スティーヴンソン/富永和子訳(ハーパーBOOKS) 『ボタニストの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫) 『ほんとうの名前は教えない』アシュリイ・エルストン/法村里絵訳(創元推理文庫) 『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳(文春文庫) 『身代りの女』シャロン・ボルトン/川副智子訳(新潮文庫) 『喪服の似合う少女』陸秋槎/大久保洋子訳(ハヤカワ・ミステリ) 『両京十五日』馬伯庸/齋藤正高・泊功訳(ハヤカワ・ミステリ)
杉江松恋ほか