その“モノガタリ”は誰のもの?江口のりこ主演『ワタシタチはモノガタリ』開幕
この作品が特に刺さる人はどんな人?
本作のストーリーライン自体は割りとシリアスで、そして特に奇をてらったような言葉もギャグもないのに、客席には笑いが多く起こる。それは、出演俳優陣たちがとにかく芸達者なことも大きいだろう。横山拓也の脚本は会話自体がユーモアとウィットに富み、登場人物たちがとにかくよく喋る! 使われている言葉はとても日常的なのに、絶妙なタイミングと速度で交わされる会話は聞いているだけでも気持ちよく、思わず笑ってしまう。江口のりこと松尾諭、両人とも今や映像界で引っ張りだこの名バイプレーヤーであることは言うまでもないが、今作でその実力を改めて実感する人も多いのでは? 特に江口のりこのツッコミのキレ、その気持ちよさたるや! 永遠に見ていたいとすら思える。 また、その2人に絡む松岡茉優と千葉雄大の実力は言わずもがな。記者会見で「出演者の方々の、今までと少し違った一面が見られるのでは」と語った演出の小山。「稽古していけばいくほど、それぞれの方のいろんな面……繊細な部分だったり、割とパワフルな部分だったりとか、こんな意外な面もあったんだなと思わされるような瞬間がたくさんあった」とのことだが、特にこの2人の2役のギャップは相当なものだ。松岡茉優の“人気女優”役は見事すぎて爆笑してしまう。あと千葉雄大演じるウンピョウの“現代アーティストにいそうな”感じ。そういうところのさじ加減が本当に絶妙なのだ。 本作は、演劇らしいドラマチックな出来事がたくさん起こるわけではない。派手なステージングアクトが連発されるわけでもない。でも……とにかく、刺さる。特にある程度の年齢を重ねている人たちには、思い当たるふしが多いのではないだろうか? 「30歳まで独身だったら結婚しよう」という“冗談めいたつもりでも、実は頭の片隅で保険のように期待していた自分に嫌気が差す”約束だったり、「何者かになりたかったかつての自分と、そうでない現実のギャップ」だったり。そういうエピソードに少しでも胸の奥がざわつく人は、特にこの作品がグッと来るはずだ。 かといって傷をえぐり出すような露悪的な作品ではなく、むしろその逆。記者会見で松岡茉優は、作品について「根っからの悪人は1人も出てこない」と語ったが、本当にその通り。かつての自分と、今の自分とを重ね合わせて、想いを馳せたあとに抱きしめたくなる。PARCO劇場という空間にピッタリの、とても優しく、良質な作品。ぜひ多くの人に観て欲しい。